三都物語 谷村新司 曲の名義、発表の概要

作詞:多夢星人(阿久悠)、作曲:谷村新司。谷村新司のシングル、アルバム『三都物語』(1992)に収録。

谷村新司 三都物語を聴く

定位のつけかたがマイルドで品があります。この曲の対極にある性格を仮に「右から左から存在感を持ってつぎつぎに音が飛び出す」、「ヒヤリ・ハット」(ひやりとする、はっとする)させるものだとすれば、『三都物語』はそれを極力抑えた印象で、疲れた心や体にも年配者にも極めて紳士的で、連続的でスムースなサウンドが確立されており、この楽曲で何かにトドメが刺された、永遠に時が封じられた気にさせられます。

少年の頃、こんな番組誰が観るんだろうと思う類の歌謡番組のようなものにテレビを観ていると遭遇することが頻繁にありました(「誰が観る」との暴言、すみません。少年だったので……ご容赦を)。その番組を少年だった私が熱心に注視して「観る」わけではないので、多くの場合チャンネルを変えてしまうとか、あるいはその「遭遇」自体が、近々放送される歌謡特番の「予告」でした。そんな予告に出会って「誰が観るねん」と心の中で思う、あるいは思うことすらなく無意識にスルーするというような反応をとるわけです。それが予告でなく本放送であってチャンネルを変えるパターンでもほぼ同様の心の反応が起こってそうするわけです。

少年時代の私は、JUDY AND MARYのガチャガチャしたイカれたキュートなバンドサウンドだったり、小室哲哉さんの後光が強く送り出す歌手・鈴木亜美さんのキャラクターやサウンドだったりに傾倒していたので、自分が日々浴びている種類の音楽が放つ閃光に目が眩んで、「歌謡特番」みたいなものが匂い立てるわびさびは完全にスルーしてしまっていました。

たとえばJUDY AND MARY『そばかす』は1996年、鈴木あみ『BE TOGETHER』は1999年ですので、谷村新司さんの『三都物語』(1992年)とは4〜7年程度の距離があり、時代が変わるのには十分すぎる時間ではあります。

かといって、谷村さんの『三都物語』が1992年のサウンドだと知るに、「これが1992年のサウンドなのか」と意外に思う私がいるのです。もういくぶん「前の時代」なのじゃないか? と惑わせるのです。

谷村さんの『三都物語』のサウンドは、培ってきたものをその方向に醸成し、より高みを目指すものなのだとすればもはや時代がどうとかいうこと自体がナンセンスなのかもしれません。私が先の項で“この楽曲で何かにトドメが刺された、永遠に時が封じられた気にさせられます”と書いた理由です。

谷村さんの音楽を仮にでも歌謡といっていいのかわかりません。谷村さんのソロひとつとっても幅があるでしょうし、もしアリスも含めるのであればよりその幅を特定のジャンルに押し込めるのは無理が祟ります。

谷村さんの作品にみる、特異なまでの情念が、その宿るべきサウンドの様式を追求しきった結果、『三都物語』のようなサウンドに至るということなのかもしれません。谷村ソウルの求めにしたがって行き着く音楽の質感、スタイルこそが『三都物語』なのです。

もうどこまでも行ってくれよと今の私ならば思うのですが、少年時代の私はこれに似た質感に出会うたびに「歌謡みたいなもんかな」と見過ごしてしまっていたわけです。歌謡と演歌の違いもろくにつかない少年でした。今の私とて、歌謡と演歌のあいだにはっきりと強靭な線を引ける自信はありませんが……つくづくジャンルは後から付されるカテゴライズだとも思うのですが、作品を送り出す側もある程度事前にその作品のカテゴライズを決めて送り出すことを求められるのか自分でそうしているのかわかりませんがとにかく事前にそのラベリングを施す癖が音楽界には観察できます。不思議なものです。

そのものが何者なのかは、死んでから決まるという論理もあるでしょう。誰が言った、ともわからないのですが……話が浮遊しすぎました。

『三都物語』は、シンセやらサンプルやらで作り出したようなキーボードで演奏する類の音色がイントロやエンディングにきらびやかで華のある顔立ちを見せます。本編の谷村さんのリードボーカルよりも目立っているのじゃないかと思わせるくらいです。生命感あるストリングスは移ろう季節と置き去られる心の対比を強調するように可憐で、スタイルや時代に幅を感じるサウンドが混ざり、昇華されます。

谷村さんのリードボーカルは、ダイナミクスの幅や抑揚を極めて尊重しているように思います。Aメロなど、ボーカルが旅情と風景に溶けてかすんでしまいそうなくらいに「幽か」です。調和しているとも評価できます。そしてサビで谷村さん特異の情念が強く浮かんで来ます。

歌詞 粋なキャンペーン

胸さわぎの旅は いま始まって 時の流れのままに こころを遊ばせ この私は 誰を訪ねるあてもなく まるで詩人のように 景色に染って

『三都物語』より、作詞:多夢星人

詩人は景色に染まるものと聞いて、なぜと思うことなく納得してしまう自分にかえって「なぜ」をつきつける必要を感じます。なぜ詩人は景色に染ってしかるべき存在なのでしょう。自然を詠むからでしょうか。自然なんてものは、現代(この記事の執筆時:2024年)の都市にはほとんどありません。詩人は人の模様を詠みます。その時代ごとの環境で生きる人の心や関わり合いの様相こそが、詩人にとっての「自然」の景色、情景なのかもしれません。

三都物語はいわゆるタイアップで、JR西日本のイメージソングとして作られています。京都・大阪・神戸の観光を謳うものです。すなわち、都市ですね。あえてもう一度いいましょう、都市に、本来の意味での「自然」なんてほとんどありません。そこにおいて自然を見出すとしたら、人の心やその関わり合いの模様だと私は想起します。

昨日 今日 明日 変わり行く私 紅くいろづくときめきを 誰に告げましょう

『三都物語』より、作詞:多夢星人

個人は毎日ちょっとずつ変化します。昨日の私にないものがちょっとだけ今日の私にあったり、昨日の私にあったものをちょっとだけ今日の私は失っていたりします。

雪が降ったときめきを、即座に誰かに伝えたくなるときがあります。でも「伝えたい」壁を越えられずに、ときめきを胸の中にしまって、ふたをして完結させてしまうことがあるのです。雪が降ったときめきは、ほかのものに置き換え可能です。月がこうこうと照る感動でもいいです。田舎でしぐれのように鳥が鳴く朝の森林に出会ったときめき、でもいいです。ふと思ったことを誰かに伝えたくなることがあるのです。それは、必ずしも即座に誰かに伝えられることで供養されるとは限りません。私の中で渦を巻いて、溶解してしまうか。他人を巻き込むほどに渦を強めるか。どちらの運命が優っているとも違います。心に「伝えたい気持ち」が生じるわびさびを歌っている機微があると私には思えるのです。

紅くいろづくときめき」のフレーズで、これは秋の歌だったかなと猛烈に思いました。この記事の執筆時が7月で夏なので、時期を間違えたと反省しかけたのですが、案外この楽曲のシングルリリース自体は1992年6月25日とされています。胸のなかに、思念が熟す現象は何も秋だけのものではないはずです。季節ごとに、シズるものがそれぞれにあります。三つの都を渡り歩けば、それに出会えるし、それが胸に芽吹くのだと。粋なキャンペーンだと思います。

青沼詩郎

参考Wikipedia>三都物語 (谷村新司の曲)

谷村新司 公式サイトへのリンク

参考歌詞サイト 歌ネット>三都物語

表題曲を収録した谷村新司のアルバム『三都物語』(1992)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『三都物語(谷村新司の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)