ささやかなこの人生 風 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:伊勢正三。編曲:瀬尾一三。風のシングル(1976)。アルバム『Old Calendar〜古暦〜』(1979)に異アレンジ版を収録。
風 ささやかなこの人生(『シングルコレクション』収録)を聴く
ささやかなこの人生、と主題しつつも、実に音楽的に豊かな展開です。メロディも雄弁、和声進行もドラマティック。歌唱も繊細で儚くて堂々と胸を張る幅を感じます。
まるで人生のすべてをここに凝縮したかのような豊かさ。
サスペンデッドさせては解決させるギターの和音の提示。はじまりを予感させます。緊張と緩和の波状のリズム。
走り出しそうなバンジョーが軽快。ベースが全面にはりつくように明瞭。ドラムも輪郭がはっきりしてタイトです。緩急の効いたリズムに機敏な静と動を覚えます。
数人のフォークグループで演奏して十分映える骨子のある曲ですが、バックグラウンドボーカルはもちろん、ストリングスが朗々と人の声のように歌い、人柄を出します。オルガンに胸も高鳴る。コンパクトでパーソナルな音楽性であることに依存することなく、風のように豊かさを謳歌します。ささやかであることこそがすべてなのだと思わせます。
バンドの展開をひととおり開陳し、バンジョーが永遠のときめきを映すかのように銀幕も閉じるかと思いきや、エンディングは次章のオープニング。口笛がリードメロディし、さあここからというところであらためてフェードがかかります。
口笛が演じる部分以降は、鑑賞者それぞれの人生の権化でしょうか。あとはあなたが歩きたいように歩きなさい、想像しなさいという力強いエールを受け取る気分。
桜のひととせ
“花びらが散ったあとの 桜がとても冷たくされるように 誰にも心の片隅に 見せたくはないものがあるよね だけど人を愛したら 誰でも心のとびらを閉め忘れては 傷つきそして傷つけて ひきかえすことの出来ない人生に気がつく やさしかった恋人達よ ふり返るのはやめよう 時の流れを背中で感じて 夕焼けに涙すればいい”(『ささやかなこの人生』より、作詞:伊勢正三)
ロジカルで箴言のようにふりそそぐ言葉に体温があります。センテンスが長い。これでもまだコンパクトに決まっているほうで、この歌詞の背景には壮大な波乱万丈がそびえていて、そこからやっとのことで降りてきた精鋭がこれらの歌詞:文章なのではないかと思わせます。
花をさかせている時期以外の桜の存在はどんなものでしょう。ソメイヨシノの独特の樹皮を街路で目にすると「桜の木があるな」と意識することが私はあります。春になるとこいつが目と鼻を引く匂いと淡く明るい色で太陽の色まで塗り替えてしまうんだよなと心のなかでつぶやきながら私はソメイヨシノの樹皮のそばをすり抜ける。
花をらんまんに携える以外の季節の桜に対して、冷たくするなんてことは、私はしていないつもりです。でも、ソメイヨシノさんのほうから見たら、花真っ盛り以外の時期の私がひどくつっけんどんで冷徹漢に映るのかもしれません。自分のふるまいが他人にどう見られているかは、想像することはあってもその解像度ははなはだ怪しいものです。だから人と関わるんだよ。
花をらんまんに携えている時期以外の姿は、ソメイヨシノさんにとって、さらしたくない姿なのでしょうか? 私は、それは違うのではないかと思っています。
人の目を引く瞬間があれば、それに至るまでの経過もあるわけです。すべてをひっくるめて、ささやかで豊かな人生だと思うからです。
青沼詩郎
伊勢正三|ISE SHOZO OFFICIAL SITE へのリンク
『ささやかなこの人生』を収録した風の『シングルコレクション』(2007)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『ささやかなこの人生(風の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)