さよーならまたいつか! 米津玄師 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:米津玄師、編曲:米津玄師、トオミヨウ。米津玄師のシングル、アルバム『LOST CORNER』(2024)に収録。
米津玄師 さよーならまたいつか!を聴く
フツウっぽいのにフツウじゃないのです。大衆音楽として耳の衛生よく、心地よく聴けてしまう。でもじゃあ、これをもしカバーしたりコピーしたりしなさいといわれたとしてそのメロディラインなりコード進行なりリズムの波なりに注視すると、ヘンな曲だなぁ(最上級に個性的で独創的だと讃辞する意味での“ヘン”)としみじみ嘆く私がいます。
いつの時代も最高に進んだエンターテイメント音楽はヘンなのです。ビートルズだってヘンだった。新しい価値を提案しているのですからそうに決まっています。
米津さんはボカロPのハチでもあります。ひとりで楽曲のすべてを貫徹してしまう。だからその作品のすみずみまで、彼の意図が込められた作品を(傑作を……!)連発してしまう。ミドコロだらけなのです、私にとって。
『さよーならまたいつか!』についていうと、編曲面ではトオミヨウさんとの共同名義になっています。トオミヨウさんが大きくになったのはどこか? と知識のない私に想像すると、やっぱりストリングスアレンジの面なのかな。楽曲の印象を占める重要なパートです。
ヴァースすなわちAメロのところはベースがいません。ストリングスのチェロパートがもっぱらベースラインを刻みます。ブリッジ(Bメロ)からようやくベースが入ってきます。今はまだなき翼を得た姿を想像するみたいに歌がフワフワと希求するヴァース。ドラムのキックの質量感がずっしりとしているのでベースがまだ入っていなくてもサウンドの器が成立している感があります。それがブリッジに入って強い味方(ベース)、信頼できる最強の相棒を得たような音形へと接続します。
米津さんのボーカルのレイヤーも厚い。コーラス(サビ)の入りなんかも複数のボーカルで彩ります。ピアノの16分音符をサンプルしたみたいな音色が深い残響チックなサウンドで効果音的な演出を加えます。
ボーカルの艶かしいニュアンス、刻々と変化するダイナミズムを2次元のコミックアートの世界に転写したような、ある種の「ならされた」「平面化された」ボーカルサウンドを感じます。こうした、耳に安定した刺激をまっしぐらに注ぐ感じの音の印象は、やはり米津さんがボカロPハチでもあるというバックグラウンドと結びついて私のなかの私を納得させます。これが翼を得てさらに高く飛んだ……ここでいえば、たとえばストリングスのサウンドが“翼”かもしれません。
ツー・コーラスを着実に消化して、そのままフェイクのまじったエンディングに突入します。リードボーカルとは別のトラックがオクターブのユニゾンし、真ん中定位のもともとのリードボーカルとコールアンドレスポンス……という感じとも少し違いますが入れ替わりながら時空を補完しあい、リードボーカルのフェイクまじりのメロディラインも曲中のボーカルメロディで最も高い音域の天井にさわり、パっと、信じられないくらいの儚さで音を止めて3分台前半で消え失せてしまう……もしくは百年先で待っている?
間奏も、前奏も後奏もほとんどありません。まったくないというわけではありませんが、器楽のリードに委ねる部分をほとんど省略しています。曲中、基本、リードボーカルの歌詞とメロディが全編に渡りリスナーの注意をひいているのです。そのままパっと終わる。バンドでもないからギターソロを入れる必要もない。アレンジで「アソビ」を実現しているから、無駄な余白で「アソビ」を作る必要もない。最高の意匠です。
和むのはツーコーラス目の途中にある「ウヒャヒャ」。紅白歌合戦(2024年末)でも「ウヒャヒャ」をちゃんと演じている様子が観られて私はニヤリとしてしまいました。
「ウヒャヒャ」だけが「アソビ」のすべてというのも雑な見積もりかもしれませんが……ドラマ『虎に翼』タイアップというのも作用してか、非常にコンパクトで無駄がない楽曲というのも正直な印象です。サビ前のブレイクなどで音景にパっとアクセントを与える(ブレイクする……休むことでむしろアクセント:刺激や変化を与える)のが巧いですね。
彼独特の言葉づかいのちょっとした毒や、引っ掛かり、エッジ感も私の気を惹きつけます。血とか地獄とか、率直にドキリとする言葉づかいも含めているし、口語的でもある。そもそも主題のつづり方も「さよーなら」と口語的です。でもなぜか、現代の最先端の「文語」(書きことば)ですらある気もする。表現のための語彙です。それがいつしか出典元もわからなくなるころ、ばらばらにくだけながら世の中の口語にしれっと溶けているのでしょう。それが、百年先で会えることの暗喩なのかもしれません。翼を得て飛んでった虎が落とした羽のひとひらなのかもね。
青沼詩郎
米津玄師 official site「REISSUE RECORDS」へのリンク
『さよーならまたいつか!』を収録した米津玄師のアルバム『LOST CORNER』(2024)