白い恋人で思い出すいくつか
石屋製菓の白い恋人というお菓子があります。ホワイトチョコをサンドしたラングドシャクッキーの逸品です。創業者の詩的な嘆きがお菓子の名前の由来になっているそうです。
記憶に味が刷り込まれていて思い出すと食べたくなります。北海道土産のイメージをリードする定番です。
桑田佳祐さんのソロ曲に『白い恋人達』があります。
冬songを選曲テーマにラジオでリクエストを募ったら投稿したくなる逸曲です。2001年発表の作品で、私は当時15歳くらいの思春期まっただなか。アタマもカラダもキレキレの感性鋭敏少年だった私の記憶に鮮やかに刻まれています。
フランシス・レイ(Francis Lai)の作曲に『白い恋人たち』(Treize Jours en France)があります(参考Wikipedia)。曲を聴いてみるとメランコリックな旋律とさびしく耳触りの優しいサウンドに聞き覚えがあり、ああそうかこの曲の名前が『白い恋人たち』だったのかと結びつきます。こちらはそもそもクロード・ルルーシュ(Claude Lelouch)監督による、冬季オリンピックグルノーブル大会(1968)の記録映画のために制作された主題歌。映画はフランスで同年7月に公開となります。トロットロノメロメロの恋愛ドラマの映画の主題歌かなと思うくらいに抒情あふれる曲想なのに、オリンピックを主題にした映画の主題歌であるところに意外さを覚えます。ズブズブの恋愛映画でなくとも、オリンピックという国家・世界規模の大会を背景にしたアツイ人間個々を追ったドラマの映画だったりして案外この映画にこの主題歌あり!とバッチリ決まった印象をくれるのかもしれません(映画未鑑賞なので全面的に邪推)。
白は未来の可能性
白いは未来が白紙になってしまうことの暗喩なのでしょうか。燃え上がる恋愛には赤が似合いそう。太陽のように恒久的な愛だったらば、案外「白」が似合いそうです。太陽光ってあらゆる光の波長が含まれ過ぎているせいなのか、「白く」も見えませんか? あるいは無色透明というか。あるいは無限色だからそう見えるのか。白って無限の観念なんだ。白は可能性の色なのです。
白い恋人 サニーデイ・サービス 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:曽我部恵一。サニーデイ・サービスのシングル、アルバム『愛と笑いの夜 –a Night of Love & Laughter–』(1997)に収録。
サニーデイ・サービス 白い恋人を聴く
oasis『Whatever』『Don’t Look Back in Anger』など思い出します。カノン進行様相のコード上で、音形のリフレインの効いた秩序あるボーカルメロディ。タンバリンがコーラスでちくちくときらめき、エレキギターのマイルドでサスティンある強い音が轟きます。美メロ、美コード、美サウンド。これを立体にする、特に意味がどうのというのを超越した言葉の世界。音楽はこうでなくちゃ。鳴らすよろこびがここには躍動しています。
ガーン、ガーンと強拍でピアノのインパクトが弾(はじ)けます。歌詞に「教会の鐘の音」の単語が出てきますが、これを象徴するが如くピアノの響きが雄弁です。
ベースの動きにメリハリがあって細かい。起伏があってドラマティックなラインを奏でます。8(エイト)を連続して鳴らすのにも音の切り方にニュアンスが乗ります。ベースはこうでなきゃ。
ドラムスのタムが左右にひらいて、16分割のリズムがごろごろと伸びやかに転がりまわります。
ベースと、ボーカルギターと、ドラムスが轟いていて、バンドっていいなぁって思うのです。サニーデイ・サイービスという観念体の魅力が録音物に込められています。
オルガンや、ちょっとしたギターの息遣いの端々、それからタムタムが定位の空間を自由に駆け回るような印象を私にもたらします。背伸びするでもなく、バンドメンバーと最低限のゲスト・サポートの演奏が美しいミックスでのびのびと気持ちがよく、豊かな音場を成しています。曽我部さんのリードボーカルが残響をまとって、霧のむこうから……私の視界よりもわずか先の未来から降ってくるような神々しさすらあります。
未来から轟く鐘の音
くずれ落ちて もつれ合って 浮かんでは沈んで
教会の鐘の音だけが聞こえて来るんだ
『白い恋人』より、作詞:曽我部恵一
具体的でとがった言葉をリズミカルに画用紙に叩き込む、そういう音楽もあると思うのですが、響きは立体です。時間の前後もあります。つまり言葉で表現しうる音楽はないわけです。その無限の神秘への畏れ、豊かさへ寄せる歓喜に言葉を誘い込むとこういう歌詞になるのかなと思います。音波も、浮かんでは沈みを繰り返す物理現象の側面があります。
もやついた未来像。具体的に想像をしてそれの実現のために努力を尽くすのが人生の醍醐味かもしれませんが、とにかくそれでも五感すべてがつかみとる物語を予知することは誰にもできません。“教会の鐘の音だけが聞こえて来るんだ”のラインに、そんな真理を呼び込んだ趣を私は覚えます。
さよならは日曜日の朝に
青空の墓場に刻み込んで
手は振らずに 言葉もかけずに
雲の切れ間に預けておこう
『白い恋人』より、作詞:曽我部恵一
このロケーションが墓地だとも限らないのです。主人公と相手が別れる事実の象徴こそが、「青空の墓場」なのかもしれない。「天候が青空で、今主人公がいるのは墓地」という状況の説明ではなく、主人公と相手との間の関係や思慕が死滅してしまう今この瞬間……関係がぷつりと音を立てて弾けた時空こそが「青空の墓場」なのかもしれません。言葉にするほどに野暮かもしれません。
言葉にしたり、行動を起こしたりすることを選ばずに飲み込んだ……すなわち、“雲の切れ間に預けておく”ことにした想いが数多、青空の墓地へと沈んで(浮かんで)いきます。
言葉や行動にうつされたかった思念は、なかったことになってしまうのでしょうか。
今この瞬間までに行動や発言にうつされなかった意思であっても、まだあなたの中にあるのなら、忘れてしまっていないのなら、それも未来から轟く鐘の音かもしれません。
青沼詩郎
参考Wikipedia>白い恋人 (サニーデイ・サービスの曲)、愛と笑いの夜
ROSE RECORDS > SUNNY DAY SERVICE
『白い恋人』を収録したサニーデイ・サービスのアルバム『愛と笑いの夜 –a Night of Love & Laughter–』(1997)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『白い恋人(サニーデイ・サービスの曲)ピアノ弾き語り』)