シンガプーラ SINGAPURA 加藤和彦 曲の名義、発表の概要

作詞:安井かずみ、作曲:加藤和彦。加藤和彦のシングル、アルバム『それから先のことは…』(1976)に収録。

加藤和彦 シンガプーラ SINGAPURAを聴く

フルートのオブリガードがなんだか『サザエさん一家』みたいです。……と、まぁそれはさておき。

加藤和彦さんの中庸な声域、儚げで優しい歌唱は彼の持ち幅の真ん中をいくような印象を私に与えます。アルバムの一曲目としておあつらえ向きな感じがします。

ドラムスのキックが2・4拍目を打つのがまるでレゲエのパターンです。2・4拍目は圧倒的多数の大衆歌においてスネアを鳴らすタイミング。当のスネアはというと同様の2・4拍目でクローズドなリムショットを入れているようです。キックのカドの丸い衝突音と、スネアのリムが短くキレ良くなる音が一体になって2・4拍目を強調するのです。それとの対比で、つまり1・3拍目が非常に軽い印象になるわけです。これが加藤さんの洒脱でハイセンスなキャラクターそのものという感じがします。あの国もこの国もめぐって、世界のおもしろいこと愉快なこと素敵なことたのしいことかっこ良いことなんでもひと通り知っているのを思わせますしそれと同時にそれをひけらかすでもない品性を思わせるのです。

アコースティックギターが両サイドに開きます。左がアルペジオ、右がハイポジションで軽いリズム。エレクトリックピアノはポーンと柔和な響きを添えます。ストリングスが奥ゆかしく背景を支えみずみずしい色を添え、その隙間にフルートが交っていきます。

レゲエっぽいドラムですがハネているわけではなくおおむねイーブンのグルーヴで、ベースが低域を支えて大衆歌としての聴きやすさや安定感を担保します。クワっと色をかえ、時折立ち上がるオルガンが胸熱ですし、チャカポコッ! と隙間にパスを出すようなワウペダルを通ったエレキギターが旅の記憶を意識に過らせるみたいで効果的です。

Dメージャーで綴られ始め、途中で全音上がってEメージャー調へ。

むかしラッフルズというインド会社の人がいてシンガポールの貿易の基礎を築いたそうです(致命的に世界史に無知な私……参考:世界史の窓 サイト)。そんな歴史の脈を視野のなかにおさめる広い尺度で、時間の経過や人の営みに眼差しをやる描写が3コーラス目で展開されます。転調して全音上がった音域は、そのまま視野が物理的に上がった、俯瞰の高さがワンレベルアップしたような演出かもしれませんね。より広い範囲の時間・距離を認知のなかに含める表現と解釈するもよし。

シンガプーラという種の猫もいるそうです。猫かわいい。この楽曲においてはシンガポールの旧称のことであって、特定の品種の猫のことを直接示しているわけではないそう(参考Wikipedia:シンガプーラ (曲))。まぁでもシンガポールに由来する以上、関連づけることはいくらでもできることと思います。

熱い風 かき回す 羽ひろげる扇風機

西、東、血が混じる あの子の目に魅せられた

Singapura, Singapura, Singapura

今 陽が沈む 黄色い太陽が

人生を忘れそう このアジアの片すみで

『シンガプーラ』より、作詞:安井かずみ

人生は、今なにかを忘れそうなこの瞬間も含めてのものです。すなわちここで忘れそうといっているのは、これまでの経験やそれによって築いた価値観のことかもしれません。シンガポールを知覚し、体験すれば、これまでのことを忘れるくらい覆される痛快なターニングポイントになってしまうのであろうと想像します。

貿易で興った街は、各国のものが入り混じります。もともとその土地に由来する伝統や文化や名産品が何だったか覆われてしまわないでしょうか。

あるいは「もともとその土地に由来する〜」なんて物言いもそもそも幻想を見ているのを思います。「もともと」といったって、さらにその「もともとのもともと」を辿れば、やはり外から流れ着いたり辿り着いたりもたらされたものである可能性が考えられます。

世界中のものが交雑する博さ(ひろさ)自体が、その土地:シンガポールのアイデンティティなのかもしれません。選択肢が多用で、己が信じたり真に美を見出す様式・スタイルを、数ある世界中のスタイルの中から選ぶことができる。そういう尊さ、誇り高さのようなものがあるのではないか……と想像します。

シンガポールの魂ってどういうものなのでしょうか。現状の私はこの楽曲を通して、解像度の低い想像をするばかりです。訪れてみたいし、滞在してみたいですね。

青沼詩郎

参考Wikipedia>それから先のことは… 

参考歌詞サイト 歌ネット>シンガプーラ

加藤和彦 ソニーミュージックサイトへのリンク

映画『トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代』サイトへのリンク

親交があった方々が加藤和彦を語る語る語るドキュメント。エンディング付近の『あの素晴しい愛をもう一度』2024バージョンのメイキング映像とその完成とともに、加藤さんを語ること、そして彼の残した楽曲たちが業界やリスナー全体のタイムレスな話題であるのが証明されます。アップリンク吉祥寺で観てきました。

『シンガプーラ』を収録した加藤和彦のアルバム『それから先のことは…』(1976)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『シンガプーラ SINGAPURA(加藤和彦の曲)ウクレレ弾き語り』)