作詞・作曲：鈴木慶一。鈴木慶一とムーンライダーズのシングル、アルバム『火の玉ボーイ』（1976）に収録。
この曲が私は大好きです。“俺達スカンピンのブルーカラー”のところの優雅で絢爛極まるボーカルメロディと、肉体労働をささげどもささげども貧しくつましいばかりの身の上を重ね合わせにし人生のふくよかな輪郭を映します。
主題の“スカンピン”を唱える、いわゆるコーラス（サビ）は後半〜エンディングにまとまっています。「メロ・サビ・メロ・サビ……」といった１コーラスごとにサビがあるまとまりを成す構成はポップソングの多数派ですが、『スカンピン』では曲が佳境に入りそのままエンディング。テンポがルーズ（自由）になり“俺達スカンピンのブルーカラー”の名文句を唱え、コーラス“スカンピン、スカンピン、俺達は スカンピン、スカンピン、いつまでも”（作詞：鈴木慶一）を文字通りいつまでも繰り返します。
主人公らは身を削り命を削り労働に身を割き、一日いちにちその生のピリオドを先延ばしにする刹那い暮らしを自覚しています。自暴自棄になることもなければ自己憐憫に浸るでもなく、世に恨みつらみを吐くでもありません。もちろん描かれていないだけで吐いているのかもしれず、心のうちでいくらかそうした翳った感情を飼い慣らしている可能性はありますが、そのことを世のせいにして人や社会を悪く言ったりしている様子は（私が思うには）感じられません。生きることに清く、誠実なさまに、私は尊大な敬意を評します。
歌詞には“明日はジゴロかペテン師か”とあります。たとえばおのれの性を切り売りすることの是非はどうか。刹那の金銭を手にするために釣り合わない健康上のリスクや取り戻せない障害を得てしまうのであれば考えものですが、偏見に関しては一蹴してよしと思います。一方のペテンは詐欺であり犯罪でしょう。人の富をアンフェアな方法でふんだくるのは咎められるべきです。「アンフェアな方法で稼いでいる悪い奴をだまくらかして富を取り戻す」的な「正義の悪」的な論理もあるかもしれませんが、別の方法でひとりでも多くの人間が快く生きられるなら正義の悪であってもペテンは避けたほうが良いでしょう（正義の悪とペテンは相いれないかもしれませんが）。
注釈すべき点は、主人公は“明日はジゴロかペテン師か”と、直近の未来を嘆いているだけであって、それをして生きていると言っているわけでも実際にそれをしているわけでもなさそうです。
続くフレーズ、“爪に灯をともし”という表現を恥ずかしながら私はこの『スカンピン』で初めて知りました。「爪に火を点す」は「けち」だとか、質素や倹約を強いられるようなつましい状態を指す表現のようです。肉体の一部を供出した代償に刹那の暖を得る、生と死の間のどちらに転ぶかひやひやさせる寒風吹き荒ぶ路上生活（は言い過ぎ？あくまでブルーカラー、一応、定職を持つのが主人公の集団でしょうか）の険しさを私に想像させます。高らかに鳴るオルガンの音色が厳しい夜風のようです。余談ですが映画『ちひろさん』で鈴木慶一氏が浮浪者の役を演じていたのが思い出されます。せりふがない役でしたが、映画の主人公のちひろに向かってニカっと微笑む顔（私にはそう見えた）が印象的な好演でした。
佳境でありコーラス“スカンピン、スカンピン、俺達は”のフレーズに入るまでにも、音楽的に豊かなしかけがたくさんしてあります。くだんの“明日はジゴロかペテン師か”以降のフレーズのところでは、直前までメジャーだったコードをマイナーにすり替え、つぎに行くコードのサブドミナントとして利用し、調性を転がしていきます。長2度ずつ下がっていくので、どこまでおれの生活はどん底へ向かって行くのだろうという不安な心情と闇に溺れそうな未知・未来を想像させる、すばらしく音楽的で私の好きな部分です。
ハイライトの“俺達スカンピンのブルーカラー”のところのシンガロングに、たくさんの人格があらわれ、群像を成します。エレクトリック・ピアノの素晴らしい演奏を担当しているのが矢野顕子さんだそう（参考：Wikipedia＞火の玉ボーイ）ですが、エレピだけでなく、彼女の特徴的な朗々・凛凛とした歌声もいませんか？ 私には聴こえるのですが（男声のオクターブ上の音域です）。また、フレーズおわりにげっぷをかましている輩がおり、主人公を含む群像の品性を感じさせます。げっぷを含んだこれほど美しく可憐な傑作は、いまの私が知る限りこの世に『スカンピン』１曲です。彼らなりの礼儀や品性であり、「ごあいさつ」のようなものかもしれません。「げっぷをかます」⇨「ぶんなぐる」⇨「仲間！（パンパカパーンッ）」みたいな……（なんだそれ）。
青沼詩郎
鈴木慶一とムーンライダーズのアルバム『火の玉ボーイ』（1976）
ご笑覧ください 拙演（YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『スカンピン（鈴木慶一とムーンライダーズの曲）ピアノ弾き語り』）
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ムーンライダース