井上陽水 Tokyo 曲の名義、発表の概要
作詞:井上陽水、作曲:井上陽水・平井夏美、編曲:井上鑑。井上陽水のアルバム『ハンサムボーイ』(1990)に収録。1991年、シングルカット。
井上陽水 Tokyoを聴く
ベース音や和声音のいずれかを順次進行や半音で頻繁に動かします。テンション感があり、万華鏡で都会を覗いたような彩り豊かな和声。艶やかでキラキラした様相は暮れなずむビル、街道、水運など、人工物の交叉と文明の豊かさを想起させます。都会の生活、あこがれちゃいますね。
井上陽水さんの歌唱がおちゃめで天真爛漫です。歌詞のないところでも、音程やリズムが幽かすぎるボーカルのゴーストノートとでもいえそうなスキャットというのかフェイクというのか……楽譜に起こしにくいニュアンス。微妙で自由自在な息づかいは東京タワーのてっぺんからニンマリと街のすべてをベロなめしていくみたいな、ねっとりとした冷感の抱き合わせです。青天井に抜けていくリバーブ感が清涼。
イントロのテンション感の強いエレキトリックピアノのトーンの分散和音がおしゃれです。都会の暮らしでは何が起こるのでしょうか。わくわくさせます。
ラテンパーカスがパカパカと陽気。ゲートがかったみたいに余韻がコントロールされて思えます。
フルートやクラリネットでしょうか、ボーカルの隙間から浮かんでくるようにオブリガード。間奏は卵の殻を割って出てきたみたいな艶やかなサクソフォンのトーン。ボーカルのフェイクが背景と戯れます。ストリングスは水族館の魚群みたいです。
何が起こるかわくわくさせるイントロではじまり、エンディングはリズムのキメ。ぶつかりのある妖しげな和声で、宝石箱の蓋をガバっと閉じてしまいます。ホラ見なさい、この街で暮らせばあんなことこんなことあるでしょうとピエロに笑われる気分です。
歌詞
“銀座へ はとバスが走る 歌舞伎座をぬけ 並木をすりぬけ 新宿へ 地下鉄がすべる そびえるビルに月まで隠れて 街は急に空へと広がってる 星屑に手の届く ホテルのスゥィートルーム 渋谷へ 青山の路で 恋する人は口づけ交わして 街は急に 海へと広がってる お魚と未来都市 波と遊ぶクルーザー 東京、赤坂、浅草 まだまだ街は人を惹き付ける 街並みは夢とあこがれ 街角までが歌を奏でる”(『TOKYO』より、作詞:井上陽水)
東京巡りそのものの歌詞です。多摩地域が視界の外で個人的には寂しいです。鳩と聞けば豆鉄砲が出て来るくらいに、銀座といえばはとバスなのです。
ビルの密集する地域は空が狭い。視界が狭いのです。コンクリートジャングルがふと途切れると、急に空が広がります。
ビルがいくら高いといっても星に手が届くかといえばそれは幻想。「星屑みたいなもの」であれば、そこらを満たしているでしょう。手にとりたくてもとれない、ガラスに映った虚像でしょうか。虚ろで空しい時間と、装飾品のような栄誉のイミテーションを、がらんどうの笑顔で頭のうしろに素通りさせる趣です。
海抜の低いTOKYOよ。特に東のエリアは海もすぐそこ。水運の遊びも選択肢に入ってきます。観光のメッカでしょう。外国人を相手に商う街は、その様相もそれに特化したものになっていきます。かとおもえば隣あわせに地元の人の暮らしがあったりします。人の存在しない光景が幻みたいな土地なのです。デフォルトで、人影が映り込む街、TOKYOです。
緑、水、コンクリート、人、人、無機物、人。娯楽、観光。ビジネス。昼飯、ビジネス、晩餐、恋人、逢い引き。仙人目線で映し取る、幻影のお城・TOKYOの地図です。
青沼詩郎
『Tokyo』を収録した井上陽水のアルバム『ハンサムボーイ』(1990)