『海へと』MV
ライブ会場で「OK?」のひと声、ジャーンとギターのストローク。画面に“PUFFY Live in SXSW 2000. Austin.”の文字。映像が2000年におこなわれたフェスのサウス・バイ・サウス・ウェスト出演時のものなのでしょう。オースティンはアメリカ・テキサス州の都市です。路上、街頭、バスの中、橋の上……フィールドでの映像とライブ中の映像が激しくクロスします。屋外収録のほうの衣装はストライプのジャケットにネクタイ。ライブのほうはTシャツ(トレードマークとでもいいたくなります)。めまぐるしく編集された映像です。遠征ライブと併せてMVのための映像の収録もおこなったんだとか。結果、このようにライブの映像と、その国の街(フィールド)をPUFFYのふたりが歩く映像を激しくザッピングしたものになったのでしょうね。私がもしPUFFYのメンバーだったらこの映像を見て「そうそう、この曲出した頃、あそこの国のあのイベントでライブしたんだよね」などと、時期と出来事をひもづけて思い出すのかもしれません。かなり激しい編集……というか、ひとつの画や構図にかける時間が非常に短いので、ロケ地のお国柄とか風俗・景観がたっぷりと伝わってくる感じとは違いますね。ある意味この曲の持つ勢いのよさ、豪快で後くされない潔さが出ているかもしれません。
曲について
PUFFYの11枚目のシングル。作詞・作曲:奥田民生。オリジナルアルバム3枚、メンバーふたり(Ami/Yumi)それぞれのソロを抱き合わせにした『solosolo』、リミックスアルバム『PRMX』、ベストアルバム『The Very Best of Puffy / amiyumi jet fever』などを経て出た4枚目のオリジナルアルバム『SPIKE』(2000)に収録。『SPIKE』は奥田さんにスパゴー、アンディ・スターマーなどによるプロデュース曲の混成盤。LAレコーディングだそうです。
PUFFY『海へと』を聴く
あたりまえかもですが、パフィーサウンドの中心はふたりのユニゾン・ボーカル。はだかの「♪あーなーたーもー」というパワフルな歌い出しが強い印象づけをぶちかまします。すぐさまバカスカジャカスカとバンドが入ってきます。バンドが真ん中にいて、パフィーのふたりの声がそれぞれ右・左寄りに振ってある感じです。なるほど、ツインボーカルのユニゾン+バンドの音像の組み立て(定位づけ)はこういうレイアウトが使えるのですね。参考になります。もちろんソロボーカリスト作品でも、1人が2回録って左右に……というのもいいかもしれませんが、やはり声の相性がいい2人がそれぞれ別にいるのとはちょっと違った感じになるかもしれません。パフィーマニアだったらこの音源の定位の右と左どっちがAmiでどっちがYumiかわかるのでしょうか。……私はそこまでのフリークにはまったく足りませんが……直感では左がYumi、右がAmiかな? 全然自信はありませんが、左がちょっとエッジのきいたビターなボーカル、右がややカドのマイルドな印象です。これが直感予想の理由の内訳。正解のほどは果たして……?
間奏のギターのチョーキングした弦とその弦よりも高音側の弦が一緒になる強いうねりのある響きがカッコイイ。定番のエレキギターテクニックです。ベーシックとしてはほとんど同じフレーズをリズムストロークしたギターを2本くらい重ねてこのサウンドを出しているかな? ソロのところが裸にならないようになっています。定位(音の位置)は割と真ん中ですね。ストロークギターはⅣのコードにちょいちょいⅣmをつかっているのがポイントです。Ⅳメージャーよりもビターな響きになります。清濁併せ吞む感じ。奥田サウンドでよく使われているのが観察できる響きです。良い意味で手癖を含めて、ポンっと潔くスルっと作曲したんじゃないかなと想像。
ドラムスの音作りは奥田民生関連作の多分にもれず、生々しさを残した、いい意味で荒っぽくリアルな録れたまんまに近い感じの音像です。こういう音がもうホント私は一番好き。スネアはパワフルに余韻が豪気。熱気に少しコンプがかったような音が気持ちいいです。
ベースもズイズイと耳を引っ張ってくれる、ドラムスの録れ音のようにプレイヤーがスタジオで出したまんまの良い音に聴こえます。「出したまんま」に聴こえる工夫や技術があるのかもしれませんけれどね。
エンディングのサスティンでオルガンがいたんだ! という感じ。よく聴くとサビでクワァーっ入っているのもわかります。キャストを引き立てる屋台骨。
配役のタネ明かし(演奏者)はWikipediaでどうぞ。
歌詞 “ピノキオ”
“ピノキオ 伸びた鼻は 重たくうつむくまま 裸になれることで 純粋な気持ちになっているのでしょう”(『海へと』より、作詞・作曲:奥田民生)
Aメロ折り返しの“ピノキオ”という発想が面白い。ホントに思いつきなんでしょうね。思いつきなんでしょうが安易ではなく、たぐい稀な発想の飛躍で吉相の突飛です。嘘をつくと鼻が伸びるので有名なピノキオ。嘘をつくことは自分を重たくうつむかせることにつながるよという箴言とも解釈できます。でも奥田先生は説教くさいことも教訓めいたこともどちらかといえば遠ざけるソングライターだと私は思うので、そういう押しつけがましい意図は作詞・作曲に込められていないと思います。でも、たまたまそういう穿った見方が成立する深い歌詞を、ジャブパンチをポンっと放つように生み出すのが奥田民生の魅力だとも思っています。ウンウンうなりながら考え抜いて作曲したのではないですよね? と確かめたわけではないので、実態は知りませんけれど。ただ、結果として「ポンっと作ったんだろうな」と思い込ませるような潔さが通底しているのがこの曲の大きな魅力です。それでいて、どこかほろ苦い感情とともに諦観や達観、俯瞰の平常心が混在しているのがただの名曲以上のものたらしめています。この曲は奥田民生自身もパフォーマンスしていて、本人も気に入っているもののひとつなのかもしれません。
“どうもありがとう”
“吹きつける風と うちよせる波よ 沈む太陽と 延びてゆく影よ 果てしない海よ 変わらない海よ いつも助かるよ どうもありがとう”(『海へと』より、作詞・作曲:奥田民生)
それぞれの動機をもって訪れる人々と、主題の壮大な海を結ぶ重要なフレーズが“どうもありがとう”ではないでしょうか。感謝の念は他の奥田関連作品にもしばしばみられます。
“どもありがとティーチャー 勉強になった”(『まんをじして』より、作詞・作曲:奥田民生)
“ありがとう ありがとう 感謝して 感謝しよう ありがとう”(『ありがとう』より、作詞・作曲:井上陽水・奥田民生)
説教くさいこと・教訓めいたこと抜きにして、ぱっと思いつく普遍の感情・思念……それが感謝です。むずかしいこともつらいこと・くるしいこと・かなしいこと、いろいろあるかもしれない。けれど、ありがとう。変わらずにお前がいてくれるおかげで、俺は自分を見失っても戻ってこれるよ。自分がここにいるってわかるよ、と。海への感謝をそのまま、自分自身にかえしてやりたい。
『海へと』by 奥田民生 弾き語り
奥田さんはAキーで歌っていますね。パフィーのオリジナル音源はCです。本人の姿と一緒に部屋鳴りを同一のカメラで収録したような簡素な記録です。こうした肩肘張らないコンセプト(コンセプトなんていうとそれも大げさ)が“カンタンバーチャビレ”なのかもしれません(追記:次第に気合の入った手の込んだ映像も生まれていくようです)。合成で、ずっと海の映像が背景です。このへんが“バーチャ”要素かな。彼自身のレーベル、RAMEN CURRY MUSIC RECORDSの公式チャンネル。宅録・多重録音の楽しみを伝えてくれる“カンタンカンタビレ”など、私(青沼)のためにあるんじゃないかと思わせてくれるアイディアとトライ精神あふれる企画を含んだ動画チャンネル。
青沼詩郎
奥田民生によるライブ音源『海へと』を収録したベストライブ集『OKUDA TAMIO LIVE SONGS OF THE YEARS』(2003)。ギターの音がかっこえー。
ご笑覧ください 拙演