孤独は友愛の海
導きの引力につられて、いつも海にたどり着く……そんな存在が私にとっての加山雄三さんの歌。
ザ・ランチャーズを率いたファーストアルバム『加山雄三のすべてザ・ランチャーズとともに』に収録されているアルバム曲です。
おおらかで博い心を意匠する、風通しがよくて視界のひらけた音価を中心にしたメロディの要所に半音下行の音程を含めたり、和音進行にも半音進行を含めたりと哀愁めいてブルージーです。しかし主音をまっすぐに保持するベースライン、そしてDm調ではじまったかと思ったら平行調のFメージャーに着地する安心感、どっしり感によって、あくまで心の象徴=海が荒れたり凪いだりしている客観が生じるのです。
海を見つめる、そこにたちこめる広大な万物との距離が、己の心をみつめる客観を提案し、寄り添ってくれる。距離こそが愛。距離こそが優しさ。距離こそが献身。友愛も親愛も、海のような空間の広がりが源なのです。距離を持ち、距離を知覚し、孤独になるほど、人は寛容になれるのでしょう。皮肉も嘲笑も控え、ただ「俺の海が荒れている」と移ろう世に寄り添う心の動きにまっすぐな眼差しをやります。
海の上の少年 加山雄三 曲の名義、発表の概要
作詞:岩谷時子、作曲:弾厚作。加山雄三のアルバム『加山雄三のすべて ザ・ランチャーズとともに』(1966)に収録。
加山雄三 海の上の少年(アルバム『加山雄三のすべて ザ・ランチャーズとともに』収録)を聴く
中央定位の加山さんの歌唱の質量が圧倒的すぎます。彼が仁王立ちすれば海も道を開けるよ……そんな気分です。まっすぐに的確にひとつひとつの音程に安寧をもたらすようにノンビブラートの地固めを与え、フレーズ尻にだけかろやかなビブラートをかけて風と歌を接着します。
右側にグロッケン、チェロ(ヴィオラもいる?)、エレキギター。左にはヴァイオリン、ドラム、アコースティックのギター……加山さんのためにすべての自然物すらこうべを垂れるように中央定位を空けます。ベースはアコースティックのベースで、これは中央で安定を図ります。
Dマイナー系の和音から、Fメージャーにぽんと行った瞬間の歌声の質感と協調したひらけた和声の輝かしい響きが私のまぶたの中のくらやみに太陽のようなかがやきをもたらします。
イントロには荒れた俺の海を意匠するようにDマイナーの属音から始まる、嵐のような動乱を憑依させた暴れ回るストリングスがつきます。そしてエンディングはきっちり平行調のFメージャーに着地しているのです。この安心の記憶が、私をこの海辺に繰り返し赴かせるのです。
青沼詩郎