リリックビデオ

観客でいっぱいの野球場が背景。固有名詞がつらなります。苗字、下の名前、あだな・愛称・二つ名? さまざまな呼び方で野球選手らの名前が色とりどりの文字。“今日もカープは勝ち勝ち” は歌詞カードに表記がないフレーズです。私は「ガッチガチ」と聞き違えていました……愛ゆえのディスり(野次)かと勘違い。“金村!” のフォントが抜群にデカいですね。“走れ走れ福本” が画面にどんどん迫ります。海外でも活躍めざましいアノ人らはローマ字表記。

曲の名義とか

作詞:岸田繁、作曲:矢野清・岸田繁。 くるりのアルバム『天才の愛』(2021)に収録。 矢野清『天理ファンファーレ』がモチーフ。

くるり『野球』を鑑賞

ざっくり聴く

ファンファーレのモチーフをダブったトランペットで。フワッと浮かせた和音でフェルマータ。快活なポップチューンに早変わり! 停止とダッシュを重ねます。まるで塁に出た選手のよう。“かっ飛ばせかっ飛ばせみんな”直後は音の背景、野球応援を思わせるドカパカしたパーカッションやブラスの音に重なるメイン・モチーフ、“金村!”の絶叫。再び走り出し選手らの名前を高らかにハモリます。“走れ走れ福本”のところのリズム錯誤は何度聴いても大胆です。テケテケテケ……というエレキが青春。モールに転調しズバっとキレよくサイズもコンパクトにFin。

ざっくり俯瞰してみる

B♭m > E♭ > Gm > E♭ > Gm。このブロックを柱にして2本直列したような構造。ちょうど真ん中あたりに空白といいますか、背景に野球応援の環境音のようなものが聴こえる部分があって2本目に突入します。

部分ごとに見てみる

0:00〜0:13頃 メインモチーフ

『天理ファンファーレ』のモチーフを用いています(そもそも私はオリジナルを知りませんでした)。ⅱとⅵ(この調ではレ♭とソ♭)を抜いたB♭マイナー・ペンタトニックっぽい節まわしに私は感じるのですが、最後の2小節で「メージャー」を象徴する、主音に対しての長3度音(ここではナチュラルの「レ」)があらわれます。これのせいで、B♭ミクソリディアン・モード(シ♭・ド・レ・ミ♭・ファ・ソ・ラ♭・シ♭)っぽくも感じるのです。

モチーフに合いの手するリズム。2小節目3拍目から3小節目1拍目にかけて3発のアクセントをバンドで合わせます。B♭のパワーコードでしょうか。3音を省略しているのでは?(上の図では「×3(3音を抜いてください)」と表現したつもりですがコードネームで書くときはどう書いたものやら。)「ドシドシドシ」「ドシドシ」「……ドシ」「……ドシ」(※♪ドレミファソラシ…の「ドシ」ではなく、ドラムスやバンドの合音を表現した擬音です)とカウンターのストローク数をだんだん短くしていき緊張を高めます。

そのピークでDm7♭5の不安定な和音。かなりクセの強い響きに思えますが、これは次の局面のE♭調における属9の根音省略形・第5音下方変位の和音にあたります。音楽理論的には全然ヘンじゃなく、理にかなった和音なのです。

E♭調の属9の根音省略・下方変位(第5音)。

0:13〜0:32頃 メインモチーフをE♭に持ち込む

Dm7♭5の和音をドミナントにしてE♭メージャー調に突入。「シ♭・ラ♭・ファ……」というモチーフの絶対音のポジションそのままに調を変えているのがおもしろみ。E♭調なので、ⅴ(シ♭)からⅱ(ファ)に向かって下行し戻る音形になりました。コードはE♭(ミ♭・ソ・シ♭)なので、メロディの「ラ♭」や「ファ」が和声音と2度でぶつかりそうなスリル。ここに独特の浮遊感、垢抜けた響きが漂います。

モチーフのメロディに野球選手の名前や野球を愛する者の常套句「かっとばせ」といった歌詞をフィットするおかしみ。「ゴジラゴジラ……」のところのAm7♭5は、B♭への解決を求める属9の根音省略・下方変位とみなせます。さきほどのDm7♭5と一緒ですね。ここではE♭調のⅤ(B♭)を導くドッペルドミナントです。

ですが3度目の「ゴジラ」のところで低音をA♭に下げるのがくるりっぽさ。ⅳ上のⅤとみなせます。セブンスの音がバスに来るポジションです。このベースはⅲに下がる強い性格を持ちます。

佐藤さんの弾くベースはすばやく動いていきますが次の小節でⅲ(G)に下行してから和声音で動いていっているように私には聴こえます。主和音の第1転回形(Ⅰ/ⅲ)とみて良いのではないでしょうか(この転回形は『ばらの花』のサビの出だしでもおなじみですね)。

このブロックのラスト2小節はAm7♭5→D7と進行。さらにこのあとはGm調につながります。「まなか」と歌うところのD7はGmを導くドミナント。この響きでキュゥっとなりますが、実はその直前のAm7♭5はGm調の固有和音。D7で急に次の調に備えたようでいて、実はあらかじめAm7♭5はGm調の登場を匂わせていたのかも。Gm調基準でみると、このブロックの最後の2小節はⅡ→Ⅴ。サブドミナント→ドミナントを経て次のブロックのアタマでトニック(Gm)するカデンツです。

0:32〜0:45頃 メインモチーフをGmで

冒頭のB♭mと相対的に同等のポジションでモチーフを扱ったGm調のブロック。調はちがいますが、ここでも「ドシドシドシ」「ドシドシ」「……ドシ」「……ドシ」のアクセントを再現しています。「大魔神 伊良部 野茂さん」のバックグラウンドボーカルのハーモニーが分厚いなんてもんじゃない。「野茂さん」の伸ばした語尾の母音を変化させているのがちょっとした味噌。

Gmペンタっぽい節回しの末、G7の響きを呈するブロック。もしこの和音を次のブロックの予言にするなら、次はCやCマイナー調かしらと邪推しなくもないのですが、次はまたE♭調につながり、8小節の間奏です。

Cm調とE♭調は♭(フラット)3つで同じ調合の平行調。E♭の和音はCm調基準でみるとⅢ。Ⅲはトニックやドミナントの代替になるなんともいえないヌルっとしたコードでもあります。G7→E♭の進行はCm基準でⅤ→Ⅲと解き、ⅢをⅠに読み替え(すり替え)てE♭調に押し戻してしまった。そんな動きと読むのは強引でしょうか。

0:45〜0:54頃 間奏、カープは勝ち勝ち

Aメロと同じコードの流れで間奏。オルガンのサウンドが高らかに表層に出て来ます。「Woo Woo Woo Woo」とバックグラウンドボーカル。“今日もカープは勝ち勝ち”。リリックビデオのところにも書きましたが、緊張で「ガチガチ」のカープを愛ゆえに野次る文言かと私は聴き間違えていました。カープって緊張しいなチームなのかなと……。「勝ち勝ち」という表現もあるのですね。読みは「かちがち」でしょうか? 「宮島さん」という応援歌にも歌われる文言のようです。

0:54〜1:04頃 「エルドレッド」、2分割と3分割

「エルドレッド」のリズミカルな6音節を前の小節に突っ込み3音・3音で分けて大胆に乗せました。1拍2分割のビートに1拍3分割を乗せているところも曲中を通してのおもしろみです。マイナー・ペンタトニックのブロックでは3連グルーヴが基本っぽく聴こえますが、E♭調のブロックでは1拍2分割のオケです。

1:04〜1:33頃 2本のコーラスのあいだ

ブロックのドアタマで「カァ〜〜〜〜〜!」っとなるのは必殺の飛び道具、ビブラスラップ。時代劇などで場面を印象づけるクドい演出に使われているイメージもあるのですが(偏見)、たとえば大滝詠一『君は天然色』にも使われています。実は爽やかで壮麗な曲想にもマッチする楽器なのだと見直しました。

「かっとばせ」「かっこいいぜ」などをあててきたフシまわしにここで「ありがとう」が出て来ます。ほんとうに星になった人物、ノムさん。野球ファン未満の私でもさすがにわかる人物です。球界出身の人がいかに業界の外に響く活躍をしているかを私は見過ごしていた気がします。意外と、歌詞に出てくる選手の名前や顔をなんとなく知っているのです。熱心な野球ファンでない人でも知っていそうな人を意図的に含めたのかもしれませんね。でも恥ずかしながら知らない名前ももちろんあります。野球って文化なんだなと思い直しました。いちスポーツ以上の存在であることを確かめています。

「かっ飛ばせかっ飛ばせみんな」を3度唱えた直後、私は拍を見失います。2小節くらいの長さに感じますがなんともいえません。ここで野球応援の現場ふうのブラス、トコトコパカパカいうパーカスの音が背景にきこえます。

(先日配信で鑑賞したくるりライブツアー in Zepp Hanedaで披露していた『野球』。ギタリストの松本大樹がここの背景の応援ブラスを巧みに細かなフィンガリングで再現していたのに感心しました。)

よく聴くと背景のブラスにA♭→B♭のコードの流れを感じられます。その流れに乗って、イントロ同様のB♭mペンタのメイン・モチーフの再現。「金村!」と、曲中最大の声量なのでないかと思わせる檄が飛びます。野太い声。実声でかつ音域も地味に高い。選手の名前たったひとことですが、意識をさらい記憶に残る1発です。

1:33〜1:52頃 押韻、固有名詞のおかしみ

「親分」「番長」。球界にはほんとにいろいろいますね。個性に困らなそう。

「アニキ」「オマリー」「ハリーハリーハリー」。脚韻でたたみかけます。「ペーさん」のコミカルな発音が不安の強い音程・響きに乗って3度繰り返す。意味が崩壊して呪文のようにも聴こえます。

1:52〜2:24頃 きれいなズレは強烈なズレ

ブロックの幕開けはまたビブラスラップ。「梨田」「戸柱」ほぼ完璧な韻。「梨田」と、「屋敷」の「やし」もあっています。さらに「走れ走れ」の「はし」。

「走れ走れ福本」を繰り返すうちに小節線の位置がスゴイことになっていきます。ここはかなり多くのリスナーに驚嘆を与えたのではないでしょうか。とんでもなく強烈にずれた印象を最初抱いたのですが、よく確かめてみると実はきれいにほぼ2拍ずれています。きれいに2拍ずれるととんでもなくずれた印象を与えうるのだと学びました。

ボーカルは本当に目の前で走る福本に叫んでいるかのように白熱していきます。

最後の「福本」を言い終えた直後には「キュィィィィン」と球場にとどろくサイレンをサンプルして早回しにしたような効果音。エレキの「テンテケテケテケテケ……」という下行音がつづきます。なぜだかなつかしさと青春を想起させます。

シックス音を絡めたロックンロールの常套句、これでもかとチョーク・アップを連打するエレキ・ギター。カラっと気持ちよく歪んだサウンド。最後の間奏もコード進行はAメロベース。「走れ走れ福本」のはみだしを含みつつ、2まわしぶんの長さです。

2:24〜エンディング(2:44) メジャーとマイナーの混濁

最後のブロックのアタマは最も有名な日本出身のベースボール・プレイヤー。あらゆる分野の人に影響を与えているのではないでしょうか。ローマ字は世界で活躍するあかしか。「翔平」のところでGm調を長3度で切りひらく音程(シのナチュラル)をボーカルで先出し。マイナーメジャーの混濁したニュアンスです……あ、野球だからか(ウマイ)。囃し立てるさまざまな声が聴こえてフィニッシュ。

天理ファンファーレ

https://youtu.be/h89bipMfkFI

いくつかの吹奏楽部の球場での応援を聴き比べる動画がありました。大垣日大高校はB♭。くるりと同キー。天理高校はF。創成館高校はC。

天理高校は最後の2小節で主音に対しての長3度音程を用いていないように聴こえます。大垣日大高校、創成館高校はラスト2小節を長和音ぽくして開いた響きです。開いているほうのアレンジはくるりの『野球』と近いですね。オリジナル?のはずの天理高校のもののほうが、むしろくるりの『野球』とちょっと違っています。

天理高校の演奏モチーフの採譜例。

矢野清さんは創部まもない天理高校吹奏楽部を最初にめざましく成長させた指導者のようです。(参考:天理高等学校吹奏楽部 プロフィール 歴代指導者と吹奏楽部)

後記

『天理ファンファーレ』自体も『マクシンカッキー序曲』というのをモチーフにしていると検索で出ます。「原々曲」などと称する向きも?

ところで、『野球』と同じくアルバム『天才の愛』に収録されている『益荒男さん』は明治時代の流行歌『オッペケペー節』をモチーフにしています。

モチーフを丁重にあつかい、発展させる。背景を変えるだけでもキャストがまったく違ってみえたり、それ自体が全くそれまでとは違った活躍をしたりして、新たな彩を放ちます。アルバム『天才の愛』にはそんな大テーマがみえもします。「すでにある」「これまでにもあった」資源を大事に、深め、あゆみを進める手法。そのやりかたが破格の新しさを生みうることを、くるりの『野球』は証明しているのではないでしょうか。

私は野球ファン未満でしたが、これできっかけを得たかもしれません。何より、意外とこれまでにも自分のなかに「野球、あったんだな〜」と自覚。ココにあるものを、大事にしなきゃね。

青沼詩郎

くるり 公式サイトへのリンク

『野球』を収録したくるりのアルバム『天才の愛』(2021)。

ご笑覧ください 拙演