仕事仲間のMさんと話した。話題を要約すると「再開を見据えて一時的に閉じる場面を意識した選曲」について。

Mさんは『夢の途中』というタイトルを挙げた。歌手は薬師丸ひろ子だという。薬師丸ひろ子はもちろん私も知っている。『夢の途中』というタイトルはそのとき初めて聞いた。

調べてみると『夢の途中』と『セーラー服と機関銃』は異名同曲だという。歌詞に一部違いがある。『セーラー服と機関銃』ならタイトルくらいなら私も知っている。歌はうろ覚えで、歌詞もメロディもちゃんと覚えていない。Mさんが軽く口ずさんでくれたが「そうそう、それそれ!」とはならなかった。Mさんと私の間にはいくらか年齢差がある。

私はこの音楽ブログを始めてから、自分の世代のヒットソングとは遠いものも意識して聴くようになった。けれど、それもまだまだだなと認識を改めた。一方で、こうして会話に登場した曲が自分の話題(音楽ブログのネタ)になる。かつての私だったらその場の会話で「へぇ、知らなかったです。そうなんですね」で済ましていたかもしれない。でも、興味を持って追求する動機が今の私にはある。これは面白い変化だ。

『セーラー服と機関銃』『夢の途中』の作詞者は来生えつこ、作曲者は来生たかお。ふたりは姉と弟だ。もともと赤川次郎原作の同名映画『セーラー服と機関銃』の主題歌としてシンガーソングライター・来生たかおの『夢の途中』が決まっていたが、主演の薬師丸ひろ子が歌うことになり、そちらは曲のタイトルも映画に合わせた。それで来生たかおが歌う『夢の途中』と薬師丸ひろ子が歌う『セーラー服と機関銃』がほぼ同時期に発売されたという。1981年11月のことである。

YouTubeで検索したら来生たかお・薬師丸ひろ子のデュエットがあった。

イントロがクール。弦楽器の音色のアルペジオとシンセのユニゾンが4つ打ちビートの上で冷たくうねる。80〜90年代前半くらいの、洋楽の透明さを身につけた歌謡の質感を思う。

来生たかおの歌は私の辞書だと、山下達郎や大滝詠一を思わせる。クールで非常にいい声。

転調して薬師丸ひろ子パートへ。男声と女声の間での楽曲の移調は、おおむね4〜5度でおこなうと声域の違いにマッチすることが多い。来生たかおパートのサビが終わって、半音だけ上がった。そのまま薬師丸ひろ子のメロパートへ。…あれ? 半音だけ?

と思ったが、実際はBマイナーからFマイナーへの減5度上への転調だ。4〜5度の転調におおむね当てはまる。BマイナーからCマイナーの和音を経てFマイナーに突入したから、そのクセのなさ・なめらかさに、Fマイナーへの突入を私は一瞬見逃した。BマイナーからCマイナーのコードにスライドする瞬間だけ「明らかに移調した」感があって、Cマイナーコード→Fマイナーのときには違和感がないのだ。これはFマイナースケールにおける5番目の音(ド)の上に構成した三和音がもともとCマイナーの和音だからだろう。これを、機能和声のドミナントコードとして作用させる場合ならCマイナーではなくC7にする。構成音に含まれるミ♭をミ(ナチュラル)にするのだ。セブンスならシ♭を加える。これで、より「Fマイナーに突入した」感を強調できる…が、あえてこの曲(デュエット)ではそれをしなかった! この、「調の移行部のぼかし」テクに感銘を受けた。

薬師丸ひろ子パートのボーカルはBメロでダブリング。サビで来生たかおは下パートに加わって入ってくる。

薬師丸ひろ子パートのサビ後の間奏で、低音がF→E♭→D♭→Cと下行して、そのままB(ナチュラル)に接続して同様の下行パターンを転位。再び来生たかおメインキーのBマイナーになる。この転調の「戻り」も、滑るように自然で見事。来生たかおメインのAメロに接続し、Bメロで薬師丸ひろ子が上のハモリで入ってくる。最後のサビも来生たかおが主旋律、薬師丸ひろ子が上ハモ。アウトロでフィニッシュ。かっこいい。

むすびに

私の仕事仲間のMさんは美術大学出身者でスピッツを愛する。独特のセンスを持ったユニークな人だ。

話題「再開を見据えて一時的に閉じる場面を意識した選曲」。私だったら、再開を意識して明るい曲を挙げかねない。『夢の途中』の湿っぽさは、ほかでもないモール(短調)の響き。この強烈なフックを有した曲を真っ先に挙げるセンスの持ち主が、私の仕事仲間のMさんである。Mさんは仕事場のラフ・メイカーだ。

夢の途中 Duet With 薬師丸ひろ子』は『ザ・プレミアムベスト 来生たかお』(2009/03/18、ユニバーサルミュージック)に収録されている。薬師丸ひろ子の歌声には、少女時代のそれとは違った艶と芯、技量を感じる。

青沼詩郎

来生たかお 公式
http://www.kisugitakao.com/