楽曲まるごと渾身のウィット、ジョークみたいな真実のエンタメ愛。キーワードのエボシ岩、チャコ、ミーコ、ピーナッツについておさらい。涙で揺らぐ視界の表現のような意図を感じる音像の妙味に感服。
6月25日は『勝手にシンドバッド』が発売されたサザンオールスターズのデビュー記念日。盛り上がる季節ですね。
チャコの海岸物語 サザンオールスターズ 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:桑田佳祐。サザンオールスターズのシングル(1982)。ベストアルバム『海のYeah!!』(1998)に収録。
サザンオールスターズ チャコの海岸物語(『海のYeah!!』収録)を聴く
汚しをこれでもかと歓迎しているみたいな歌唱がすごいのです。なんだか、もはやなんの音程を歌っているのかわからないくらいにクセ強なのです。それでいて猛烈に真似したくなります。グループ・サウンズっぽい様式を思わせるからでしょうか。エンディングのシックスコードなんかおあつらえむけです。
ボーカルのメロディの上がりさがり、リズムの起点などに案外フックが効いていて細かくトリッキーです。やすやすと真似しようとするとその情報量の熱さにやけどします。
レンジが狭い感じのボーカルの質感はあえてでしょう。これほどまでにさまざまな要素が確信犯的にエンターテイメントしているのはもはやサザンの当たり前、通常営業なのでしょうけれどあらためて感服します。楽しさを提供することへのこれほどの愛は世界遺産です。いったい何を歌っているのよアナタ。もうわけがわからないのよ。
オケを聴いても各パートが緻密に機能しあって構築してあります。ストリングス、ホーンの類。シロフォンがチャカっと効果的に随所を彩ります。
間奏はフルートが目立ちますが、海の音がばざーっと流れ込んできます。群衆のざわめきだか感嘆のような声も入ります。ウミネコだかカモメだかの海鳥の類の鳴き声が漂います。この鳥の声さえひょっとしたら桑田さんとかがふざけて声真似しているのじゃないかと思わせる、それくらいの「サザン印」を私に自動で植え付けてしまう事実はサザンの活動と作品が類稀なものであることの証明です。この人たちなら絶対何かを楽しくやるし、楽しくさせる。確信犯なのです。
イントロとエンディングのざっくり20秒はほとんど海と鳥のざわめきです。楽曲本編のサイズ的には3分を切るくらいのコンパクトなものかもしれません。確かなボリュームで紡ぐエンターテイメント音楽を多数発表しているサザンの傑作のなかでは、比較的短めの楽曲のひとつかもしれません。
夏をこれほどまでに味方につけてどこまで行くの。なんでも夏フェスへの出演は2024年で最後にするそうです。じゃあ冬フェスとかならいいのかな? 多分そうだよね? なんだか、すべてのニュースがギャグとかトンチに思えてしまいます。敬服です。
エボシ岩、チャコ、ミーコ、ピーナッツ
エボシ岩が遠くに見える 涙あふれてかすんでる
『チャコの海岸物語』より、作詞:桑田佳祐
エボシ岩は烏帽子に似ていることからその名前がついた、湘南の海に実在する地名あるいはシンボル:名所のようなもののようです。
茅ヶ崎市のホームページに参考になり学び深い記事が出ています。
岩は遠くからでもその独特の形状が人目を引くほどの確かな大きさがあるようです。エボシ岩から地理的に近い場所では、まわりの構造物や街の様子との対比でチャーミングな構図が撮影できそうな予感が茅ヶ崎市ホームページに掲載されている写真からもうかがえます。地域の内外の人から愛されるのも納得です。
そんなエボシ岩、米軍の射撃訓練の標的にされ、先端部分が欠損したため過去とそれ以後の姿が異なるようです。衝撃的な事実ですが、市民運動によりその訓練が中止されたというくだりがドラマティックでもあります。
烏帽子という単語にはあまり私自身馴染みがありませんでした。歴史を題材にしたり舞台設定に敷いたりしている漫画、ドラマ、映画などのエンターテイメントで頻繁にそれらしい装身具の表現を目にします。ツンと立っていたり、その長さゆえにちょっとクテンと垂れていたりすることもあるのが烏帽子のシズル感といったところでしょうか。先端が欠損する前のエボシ岩は、それ以後と比べてわずかにそのシズル感(烏帽子らしさ)で勝る風貌に見えます。
チャコ・ミーコ・ピーナッツ
『チャコの海岸物語』の歌詞に登場するチャコ、ミーコ、ピーナッツはすべて大歌手の固有名詞をフィーチャーしたものだそうです。チャコは飯田久彦さんで私も『ルイジアナ・ママ』の歌い手として認知しています。いち歌手である以上に、ディレクターだったりプロデューサーだったりする「名高き業界人」という感じがします。
ミーコは弘田三枝子さん。ザ・ロネッツが歌った音楽エンターテイメントの歴史的名曲『Be My Baby』を『私のベイビー』の邦題でリリースしています。
ピーナッツは『チャコの海岸物語』を初めて聴いたとき一瞬“ヴィーナス”の空耳かと思ったのですが、そのままグループ名のザ・ピーナッツ。説明不要の双子姉妹歌手ですね。
チャコ、ミーコ(ミコ)、(ザ・)ピーナッツのお三方とも、洋楽を日本語に翻訳(翻案?)したコンテンツをヒットの筆頭としていた時代の日本のエンターテイメント音楽の象徴的なビッグネームではないでしょうか。このお三方の固有名詞を歌詞としたのは、まさしくサザンオールスターズの娯楽音楽への深く楽しく巨大な愛の権化であるように思えます。
“心から好きだよ ×× 抱きしめたい”の定句の××に、それぞれお三方の固有名詞がコーラス毎に入れ替わっていくのですね。
(チャコ)“だけどもお前はつれなくて”
(ミーコ)“甘くてすっぱい女だから”
(ピーナッツ)“浜辺の天使を見つけたのさ”
具体的なモデルを念頭におくと、後続のフレーズがそれぞれのイメージを言語化しているように思えて妙です。チャコだけ男性歌手なせいか「つれなくて」というのにニヤリとしてしまう私の解釈は浅はかすぎるでしょうか。桑田さんらしい「小ボケ」に思えるのです。ツッコませてくれます。
エボシ岩の先端に立つ風見鶏
スタイルや志向、リスペクト先の様式がはっきりしつつも、ごちそうをほお張るような情報量とリッチな質感を有した『チャコの海岸物語』のバンドサウンドや演奏、アレンジ。そして歌詞を含めて味わってみるに、この楽曲は壮大なエンターテイメント音楽へのまっしぐらなラブソングだと思えます。
それでいて、こののらりくらりと「のろけた」風合いを両立できるのは、本当にこの世でサザンオールスターズのみに許された、エボシ岩の先端に立つようなバランス感です。あるいは音楽の風をとらえる風見鶏。
真摯で誠実な愛と、ほっぺたをはたかれても笑ってもらえれば良しとする浮気性が同居。品性にバズーカ砲を打ち込むファイティングソウルが轟き、潮騒に溶けていきます。
青沼詩郎
サザンオールスターズ 公式サイトへのリンク 何年の今日、「サザン」的に何があったのかがアーカイブとして見られるアイディアが傑作なホームページ。毎日が何かのサザン記念日なのですね。キャリアに感服です。
サザンオールスターズのシングル『チャコの海岸物語』(オリジナル発売年:1982)
『チャコの海岸物語』を収録したサザンオールスターズの2枚組ベスト『海のYeah!!』(1998)。エクスクラメーションマークの数が明らかに多いジャケットがチャーミング。なぜ宇宙服をモチーフにしたのでしょう、ずっと考えなしに親しみ続けてきたベスト盤ですが、改めて見ると気になります。
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『チャコの海岸物語(サザンオールスターズの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)