ラーメンたべたい 矢野顕子 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:矢野顕子。矢野顕子のシングル、アルバム『オーエス オーエス』(1984)に収録。冒頭に引用したご本人のポストで「ここが初出」とあるように、アルバムリリース後のシングルカット。
矢野顕子 ラーメンたべたい(アルバム『オーエス オーエス』収録)を聴く
オトがかっこいい! 音像がタイトでひとつひとつのパートの輪郭が最上級に引き締まっています。YMOを思い出させる余韻の極端に短いカリカリした音が漂います。「歯切れのよさ」の表現でしょうか。麺ラブ。
余韻の短さ、ドライさ、輪郭の明瞭さに対比するように、コーラスがかった感じのエレキギターがリッチに長い音価を置きます。また、ドン!とキックドラムの音がリッチ。豊で太く、ビチっとほどばしるアタック音の印象は麺を勢い良く啜ったときに弾け飛ぶスープの飛沫を想像させます。あー、ラーメン食べたくなる! このキックが太く、余韻の深いサウンドである他方、ゲートで余韻を一定の長さに切っている感じもします。この処理が他のパートをいたずらにマスクせず、各パートの明瞭さを保っている細かい配慮である気もします。ラーメンは心意気ですする活動である一方、ひとりひとりが丼と対峙し、ほかのお客さんの絶対領域を決して冒すべきではないラ道(ラーメン道)を思わせます。そうだ!矢野さんの名曲『ラーメンたべたい』の各パートの音像の明確なサウンドは、ラ道の誇りの表現そのものなのです!
パカパカとはじけるラテンパーカスもスープのしぶき。コンガの深い余韻と、ボンゴの鋭く甲高いアタック両方含まれているでしょうか。
エンディング付近は各パートの演奏が熱を帯びていきます。スープと麺は食べやすい温度に徐々に降下していくのに反比例して、麺と汁をかっこむ食べ手の体温、内臓のボルテージは丼を食べ進むほどに上昇していきます。ハフハフ。
最後のヴァースで入ってくる男声はオクターブユニゾンになっています。はりつくようで幅のある輪郭の理由でしょう。
“なるともいらない”(演奏時間47秒頃)のところでリードボーカルがおもむろにダブルになります。余計なものはいらんっ!とばかりにラ道の究明者のストイックな志向が静かにエンジンを吹かします。でもねぎとニンニクの山盛りはウェルカムなのです。いずれも風味をブーストするマテリアルですね。こいつやりおるわい。
Cマイナーがヴァースのメインの調だと思います。ブルーズ感あるマイナー。イントロの何が始まるのか想像させる宙吊り感ある響きや、間奏の「Am↔︎Em」のコードの流れが同主調の平行調(同主調:Cメージャー、その平行調:Aマイナー)っぽくもあり、意外性があるのですが音楽的に「いとこ」くらいの血縁関係を残しているニュアンスがあって絶妙です。
サビ(コーラス)はB♭調でⅣ(E♭コード)から始まる感じの響きでしょうか。ヴァースで率直なラーメンのモチーフ、表面的な欲求・心情の提示から始まり、サビで精神の深い嘆きに入っていくときに音楽面でもドラマが起こっているのです。
歌詞
男もつらいけど 女もつらいのよ 友達になれたらいいのに
『ラーメンたべたい』より、作詞:矢野顕子
このラインに読み筋の幅が見出せます。
1.それぞれにつらみのある、男・女が性別のへだたりを超えて友達になれたらいいのに、という嘆願
2.同性であってもそれぞれに隔絶してしまうことのある女同士が友達になれたらいいのに、という嘆願
あるいは「2.」は男についても同様に、男同士も隔絶し孤軍奮闘してしまうことがあるので男同士も友達になれたらいいのに、という嘆願のようにも読めます。
あるいは「1.」「2.」と「2.」の派生すべてひっくるめて重ね合わせ、透かしたレイヤーにして一個のラーメンどんぶりに同居させる様相。
まさしく魂のどんぶりではありませんか。
ちぢれているのもまっすぐなのも、ふといのもほそいのもいろいろあるし汁もバリエーション豊かです。『ラーメンたべたい』は至上の人間讃歌であり、メン(man:性別でなく、単に人間全体という意味として)の求道者のアンセムではないでしょうか。
青沼詩郎
『ラーメンたべたい』を収録した矢野顕子のアルバム『オーエス オーエス』(1984)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『ラーメンたべたい(矢野顕子の曲)ギター弾き語り』)