待つ私と、春の来訪までの
春 早く来てね 私の所へ
あの人の所へ とどけてあげたい
どうして なぐさめたらいいの
男の人の心を
春が来てくれたら 私におしえて
あの人の所へ そっと 置いてくるから
一人ぽっちじゃないと
わかってほしい
『春』より、作詞:イルカ
「男は黙って」……というフレーズを用いたネタが芸風のクールポコという芸人さんがいますね。餅つきを私に思わせる動作とともに、「男は黙って」のフレーズの後続、あるいは前振りのバリエーションでネタを展開するスタイルです。
男はあれこれ説明しないのが美しいとする前時代的な価値観の存在を私に思わせます。
不言実行の方針自体にある種のカッコ良さを私は感じもしますから、「男は黙って」……的な慣用表現を全否定はしません。現代、あるいは現在の私の価値観的には、黙って何かをしがちな性格や気風は、別に男性特有のものと結びつける必要はないよねということです。性別に関係なく、そういう人生戦略をとりがちな人がいてよろしいし、あれこれ(言葉で)言い訳をしたり前置きをしたりすることなく、行動で示し、成果(あるいは失敗)に物語らせる方針は潔く見えそうです。そこが、私が不言実行タイプに見出す「哀愁」です。そう、ブルージーなんですよ。ブルーズ。私はそこにかっこよさの端を見出すのです。
性別はともかくとして、そういう、ある意味「なんも言ってくれないからわからない」タイプの人を慕って、見守ったり、寛容な心で待ち続けたりしてくれる人の存在は頼もしい。私のなかの人格のすべてではありませんが、私のなかの一部分に、確かに不言実行タイプの人格だっているわけですから。
イルカさんの『春』というさりげなくて美しい楽曲は、そんな鑑賞の味わいと随想を私にくれます。
春 イルカ 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:イルカ。編曲:石川鷹彦。イルカのシングル『あの頃のぼくは』(1974)、アルバム『イルカの世界』(1975)に収録。
イルカ 春を聴く
「待ちのオンナ」的な慕情をさらっと歌った魅力があります。
ナチュラルマイナーを思わせるコードや音階の響きあり。ある時代のフォークの流行を語る象徴的な曲のなかにはじっとりとした短調のものもなかにはあるでしょう。そういうレパートリーと比べると、イルカさんの『春』は確かに短調(Bm)ではあるけれどかろみがあります。繰り返しになりますが歌唱がさらっとしていて好感です。
伴奏の印象を大きく占めるスリーフィンガー的な奏法のアコースティックギター。きらびやかな音色です。指にはめるタイプのピックを使用するのかしら。しっかりとした粒と音の質量、確かなテンポを敷きます。
アコースティックギターが右に定位していて、左で対になる相棒はマンドリンでしょうか。マンドリンバージョンのスリーフィンガー、なんて気がするような流れるようなフレージングの伴奏です……ちょっとバンジョーっぽいキャラクターも感じますが多分マンドリンかなと思います。
ベースがおおまかな音価で石を置いていくようなフレーズで、キックドラムがド、ドド……とサンバキック的な語彙をみせ、分割を細かくしてグルーヴで曲の推進力を魅せます。
ストリングスがすぅっと儚くただよってくる。こういう音づくりの種明かしを学びたいものです。スタジオを見学してマイキングやミックスの手技、トラックの配分をみてみたいです。ちゃんと、ベーシックのバンドの音像が前にいて、ストリングスは背景のほうから漂って聴こえるのです。きれいな音づくりで『春』の主題と慕情を描きます。
春 早く来てね 私の所へ
忘れられた小枝の様に 私は待っている
つばさを ひろげて
あの人が飛んで来るから
『春』より、作詞:イルカ
歌唱のメロディは決してアクロバティックでもありません。シンガロングを誘うような、大衆や人の輪に積極的なアプローチを試みるような社交的なメロディでもない。ただ私は待ってる、枝葉のように自分をわきまえたこの限られた範囲で、目立つでもなく隠れるでもなく自ずとそこにいるからねという態度がボーカルメロディひとつとっても感じられます。
『春』はシングルB面曲がオリジナルリリースと思われ、アルバム『イルカの世界』にも収録されています。B面曲かつアルバム曲という扱いではありますが、のちのベスト版(『イルカ ベスト』)にも選ばれているところをみるに、制作やアーティスト側もこの曲の儚いが確かな音像、演奏や楽曲意匠の審美性の高さを評価しているのではないでしょうか。
青沼詩郎
『春』を収録したイルカの『イルカ アーカイブ Vol.1 「イルカの世界」「夢の人」~ちいさなアルバム~』(2013)(アルバム『イルカの世界』のオリジナルリリースは1975年)
『春』を収録した『イルカ ベスト』(2006)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『春(イルカの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)