For No One The Beatles 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:Lennon-McCartney。The Beatlesのアルバム『Revolver』(1966)に収録。
The Beatles For No One(2009 Remaster)を聴く
ドミナントの和音で音が遠くなって終わってしまう。ああ、行かないで感。
淡々と韻を踏む歌詞、歌唱のように彼女は「You」にもうキョーミがない。「You」と一緒につくる青写真に関心がないといったところでしょうか。でも「You」の心には彼女がいるし、明日や来週も、再来年くらいになってもきっとまだいるのでしょう。ひょっとしたら来世まで。
ピアノと古楽器の音色が重なっているでしょうか。同じフレーズを楽器をかえて重ねどりしたのかな。古楽器は「クラヴィコード」だそうです。
右に振った鍵盤類にうっすらとハイハットのような音がシーシーときこえます。
左にはベースがぽぉんと軽いタッチ。シンプルなリズムですが引っ掛けるように飾りとグルーヴをつけていく指づかいが視えてくる。しゃりしゃりとタンバリンがエクストラ・ドライな独特な響き。東南アジアとかのタンバリンに似た別の楽器なのじゃないか? と思わせるほど、金属片の一枚いちまいの質量が軽そうな音色がユニークです。
オープニング付近はまんなかにボーカル、右に鍵盤類……がらんと空いた左にはどんな楽器が来るんだ……? 期待を埋めるのは奇跡みたいなホルン。これがまた軽い。
勇壮でエベレストの上空に何世紀も超えて響きそうな遠くて強い音色が私がフレンチホルンの音色に寄せるイメージの一面なのですが、『For No One』のホルンの音色は格別です。遠くなく、むしろ近い。これは残響づけがないせいでしょうか。デッドな音色が輪郭を明瞭に伝えます。そして原稿の上の消しゴムカスを漫画家が鳥の羽で撫ぜて取り除くみたいに軽いタッチの音色。ホルンの常識的な音域を逸脱するほどに高いポジションがこれらのフレーズには含まれているみたいです。楽器本来の音域の中では違法レベルに高い……そのためにこの独特な、羽毛で撫ぜられるみたいな質感なのかもしれません。
つかまえてもつかまえても腕をすり抜けて頭のすこし上をふわふわ舞っているような音色。手を振り回せば届きそうなのに、それくらい近いのに、けしてホールドできない彼女。露骨に避けるでもなく、ただ彼女は彼女の生活を送ります、彼女の青写真を見つめて彼女は彼女の未来のために行動します。そこに多分、君(You)はいない……君がよっぽど革命チックな何世紀も上手なコミュニケーションの秘技でも発明して発動でもしないかぎりは……あるいはこのフレンチホルンの音色みたいに誰の手にも届かないまぼろしレベルの遺産なのかもしれません。
青沼詩郎
The Beatles ユニバーサルミュージックサイトへのリンク
『For No One』を収録したThe Beatlesのアルバム『Revolver』(1966)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『For No One(The Beatlesの曲)ギター弾き語り』)