涙を散らす舞踊
きわめて流麗なナイロンギターの孤独な情緒。パーカスやトランペット、トロンボーンがいてもなおヒリつく孤独感。遠くを行き交う幸せを距離を経て眺めているようなさびしさが漂います。情熱と闇のコントラストよ。
じわじわと順次進行でダウナーになって行くメロディで、長谷川さんのはりつく粘度とつやめきのある質感の歌声が深く潜っていきます。闇の底に敷かれた線路は、はっきりとしたマイナー調のドミナントモーションがあるコード進行。粛々と沈んでいくAメロのボーカルメロディに対して、コード進行の出だしは主和音のCmからD7のコードに浮き上がる動きで、反行するベースラインや和音の響きとメロディの動きの相反により緊張感が生じます。
ガットギターの弾き語りスタイルが鮮烈。南米音楽の質感です。サンバと題名にありますが、楽曲の音楽スタイルとしてはリズムに見出す性質はテンポ速めのボサノヴァという感じがします。本曲が描く、別れの悲しみに端を欲する情熱のイメージが「サンバ」と名前を授かるのにふさわしかったのかもしれませんね。踊りに没頭することでのみ散らせる涙もあるでしょう。
“きっと 私を強く抱く時も あなたは独り 淋しかったのね あなたの愛した この髪さえ 今は泣いてる”(『別れのサンバ』より、作詞・作曲:長谷川きよし)
人の髪には艶がありますが、その質感って涙にうるむ瞳のそれの象徴なのかもしれません。あるいは悲しみの雨が降り注いで濡れて髪が光るのかも、などと情景を想像させる、音楽が導く歌の言葉の印象です。
“詞と曲は同時進行で作っていった。もう少し細かく言うと、部分部分でメロディーを作っては言葉を入れてできあがった”(『別れのサンバ 長谷川きよし 歌と人生』45頁より引用。2024年、旬報社)と長谷川さんご自身の著書で明かされています。具体的にこの曲を歌ってもらいたいインスピレーション元の女性が存在して、“別れを経験した女性の気持ちになって作った”といいます。川井龍介さんによる長時間のインタビューを基に、長谷川さんの過ごされた境遇や時代との接点、その半生や感性が潔い言葉でテンポよく構成された著書。長谷川さんと音楽の結びつきが読み手にも快く響いてくる良書ですのでぜひ読んでみてください。
別れのサンバ 長谷川きよし 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:長谷川きよし。編曲:村井邦彦。長谷川きよしのシングル、アルバム『一人ぼっちの詩』(1969)に収録。
長谷川きよし 別れのサンバ(アルバム『一人ぼっちの詩』)を聴く
ギターの達者な6本の弦のストロークの組み合わせは舞踊の闊達な足捌きそのもの。長谷川さんの歌がまっすぐにのびて、フレーズ尻に向かってふるふるふるっとビブラートがかかっていきます。ゆらめく歌声、艶めく歌声と圧倒する孤独なギターのパッション。
左右にパーカッションがいます。しきしきしき……と左側にカバサみたいなものがいます。右側でかつかつとアナログのメトロノームみたいなノックを加えるのはスネアのリムショットでしょうか。長谷川さんのスポットライトの中央の周囲にかむさることなく左右に音像をひろげます。この打楽器類が、ABAとセクションがもどってきたときにパっと消えるのです。あれ、さっきまでみていた甘美な夢はなんだったのだろう……という後ろ髪ひかれる儚さです。
そしてズゥゥゥン……と低い金管が消化不良のまま腹の底に落ちてしまったよどみを表現します。トロンボーンの音色でしょうか。
歌唱のフレーズ尻や伴奏をパキっとするどくブレイクした瞬間、空間に歌声にかかった残響が漂います。これもまた孤独感。あなたの愛したこの髪さえ今は泣いてる……とエンディングにさしかかり、今は泣いてるをリフレインしながら、楽曲中最大にドラマティックなダイナミクスのクレシェンド迫る歌声。花が散るようにほろっと伴奏ととも楽曲は終結します。
悲しみもまた、闇底の輝きそのものなのです。
青沼詩郎
長谷川きよし Official Site – kiyoshi-hasegawa.netへのリンク
『別れのサンバ』を収録した長谷川きよしのアルバム『一人ぼっちの詩』(1969)
『別れのサンバ 長谷川きよし 歌と人生』