走れ正直者/西城秀樹

嘘を一つきますと、その嘘を取り繕い、擁護するための嘘が芋づる式に必要になってくるわけです。一つの嘘が発端になって、気づくとC級ファンタジー漫画(ボツ作・ゴミ箱行き)のほうがまだマシだというくらいのしょうもない設定で塗り固められた架空の世界が構築される危惧すらあります。

正直に生きることは快さの元本なのです。ありのままふるまい、ありのままを語ればよい。正直に生きることは、世の中の真理を数珠繋ぎにし、関わり合い、恩みを与え合う態度です。

“交差点で100円拾ったよ 今すぐコレ 交番届けよう いつだって オレは正直さ 近所でも 評判さ”(『走れ正直者』より、作詞:さくらももこ)

この歌の主人公は、拾った百円玉らしきものを律儀に交番に届けるつもりのようです。交番に届ける労働力や時間を考慮するに、黙って袖の内に入れてしまうか見捨てておいたほうが費用対効果が高いと現在の私は思います。

それも未就労の児童だった頃の私にとっては話が違ってきます。百円で買える駄菓子の豊かな質量を思うと価値が大きく、輝いて見える金額です。それを漁夫の利よろしく自分のものにできるチャンスを迷いなく手放し交番に届けようというのは輝かしい道徳心です。そう、潔白なオレでいることにこそ、百円玉の輝きなんぞには遠く及ばない輝きがあるのです。

“リンリン ランラン ソーセージ ハーイハイ ハムじゃない なんてことは ぜーんぜん 彼女も言ってない ヘーイヘイ 日本中 知っているのさ”(『走れ正直者』より、作詞:さくらももこ)

そんな百円のくだりを経過して、本曲の歌詞は音の響き重視のフェイズに突入していきます。リンリン、ランランの響きには気分的な上方への視線を覚えます。機嫌が良いか悪いかでいったらきっと良いほうに決まっている。そんなオノマトペをマクラにソーセージが続く意味がわかりません。小児(♂)の下腹部・陰部にあるものの隠喩でしょうか。そんなわけはないでしょうがイタズラ心を感じます。

これに「ハム」のくだりが続くことになりますが、先にハムを発想してから加工肉つながりで直前の部分に「ソーセージ」を充てることをさかさまの順序で発想したのでしょうか。そんな馬鹿なまどろっこしい手法が導く歌詞ではないはずです。

この馬鹿げた歌詞(失礼千万)は「ハムじゃない」と否定形を有しますが、「なんてことはぜーんぜん彼女も言ってない」という形でさらに否定形を連ね、でたらめな高揚感を増長します。それをうけて、「日本中知っているのさ」と肯定形で抱き止め、めでたくコーラスを結びます。

このどうしようもなさを、どうしよう。交番に届けてやろうか。

拾った百円は黙って自分のものにしたいぜ!という正直も存在するのでは?とも思いますが、それは単に素直と呼ぶのでしょうか。「正直」には「正しくあること」が必須のようです。ずるがしこくては「悪直」になってしまうようか。走る正直者を横目に、正しくしているふりをして素知らぬ涼しい顔でガメて「歩く悪直者」が対義語でしょう。

青沼詩郎

走れ正直者 ちびまる子ちゃん2代目エンディングテーマ | ∴bandshijin∵ カバーしたい歌

参考Wikipedia>走れ正直者MAD DOG

参考歌詞掲載サイト 歌ネット>走れ正直者

『走れ正直者』を収録した西城秀樹のアルバム『MAD DOG』(1991)

シングル『走れ正直者』(1991)

『走れ正直者』を収録した『まるまるぜんぶちびまる子ちゃん』(2004)