1973年バージョン
皆川おさむさん、10歳時のバージョン。あどけなく哀愁の強い歌声。フルートや児童合唱のオブリガード。「オーレ!」とウッカリ掛け声したくなる、どことなく『マツケンサンバⅡ』を思い出させるようでいて全然それとも違うような……。異国情緒に満ちた曲調にも思えるし短調の旅情に満ちた我が国特有の歌謡曲調という気もします。明るくて強い歌声の響きを常に保とうと、ずっとひたむきに一生懸命に歌っている感じが健気です。パカポコとコンガやエレキギターの刻みが16分割のグルーヴを表明しますがどうも私をアツく高揚させる熱情の思念とも違います。石ころけっとばしてほっつき歩くような、斜め下への視線とともに気分が落ちているようなブルーなフィーリングに満ちた曲想で、アジの干物はおあずけだよ…となんだかひとクセあるオチがつきます。
1969年バージョン
皆川おさむさんとひばり児童合唱団が歌った『黒ネコのタンゴ』(1969)。
こちらが当時6歳とのこと。音程もよく動くしさっそうとしたテンポ。音程が上がりきるかどうかのギリギリな感じの一瞬一瞬を乗り越える幼い理性が尊く儚い。ハープシコードの音色が趣味深い。ニャーンの声真似がハマっています。
原曲はイタリア語
本曲はイタリア語の童謡が原曲で、原題は『Volevo un gatto nero』(黒ネコがほしかったのに)。作詞:マリオ・パガーノ(Mario Pagano)、アルマンド・ソリチッロ(Armando Soricillo)、フランチェスコ・サヴェリオ・マレスカ(Francesco Saverio Maresca)。作曲:マリオ・パガーノ(Mario Pagano)。
オリジナル歌手はヴィンチェンツァ・パストレッリ(Vincenza Pastorelli)で、なんと当時4歳の少女だといいます。デビュー早すぎ。
オリジナル歌唱がサブスクに見当たりません。YouTubeで拾えるようか(YouTube>”Volevo un gatto nero” by Vincenza Pastorelli (Zecchino d’oro Festival, 1969))。幼気な少女が「nero」の発音をリフレインするところなどが、そのままで猫の声(ね〜ろ、ね〜ろ……)に聞こえるほど。小動物感あります。
原曲の歌詞について
【ワニだとかキリンだとかゾウだとか、なんなら動物園全体をあなたにあげる、ただ絶対に絶対の条件は、黒猫をわたしにくれること! でもでもそれなのに、あなたが私にくれたのは白猫。どゆこと? あなたは嘘つき。あなたとはもう遊ばない!】
以上の【】内は、原曲の『Volevo un gatto nero』(黒ネコがほしかったのに)の歌詞を検索したものをそのままネット翻訳したものを私(筆者)がかいつまんで勝手にデフォルメして杜撰に要約したものです。
つくりものじゃないよ、おもちゃじゃないよ、あくまでホンモノの大型動物(ワニだとかキリンだとか…)をあげるから黒猫をちょうだい!という意味あいの歌詞なのかしらと思いますが、子供が歌い手の童謡ですし、やっぱり動物たちのおもちゃを本物にみたてて取引のおままごとをしている様子を写し取ったかわいい童謡である……と見えてしまうのが私の考える本曲の解釈(味わい)です。実際にイタリア語堪能の人、なんならこの曲の本国での発表を同時代で知っている人はこの曲をどう解釈するものか気になるところです。
日本語の歌詞について
さて、原曲のリリースからほとんど年単位の時差すらあけることもなくすかさず輸入して日本語にして広められたのが日本における童謡としての『黒ネコのタンゴ』のもよう。その日本語の歌詞はみおた・みずほ(見尾田みずほ)さんによるもの。
“キミはかわいい 僕の黒ネコ 赤いリボンが よく似合うよ だけどときどき 爪を出して 僕の心をなやませる 黒ネコのタンゴ タンゴ タンゴ 僕の恋人は黒いネコ 黒ネコのタンゴ タンゴ タンゴ ネコの目のように気まぐれよ”
“素敵なキミが 街を歩けば 悪いドラネコ 声をかける おいしいエサに いかれちゃって あとで泣いても 知らないよ”
“夜の明かりが みんな消えても キミの瞳は銀の星よ キラキラ光る 黒ネコの目 夜はいつもキミのものさ”
(『黒ネコのタンゴ』より、日本語詞:見尾田みずほ)
男女の恋愛関係・交際の陰の部分に焦点を当てたオトナびた(あるいはヤンチャな)印象の日本語歌詞です。これつまり、童謡の器は完全にガワ(かぶりもの、ソト身)。歌詞の描く中身(内容)のジャンル的な本質としては演歌か歌謡曲にイカれちゃっている感じがします。
原曲は動物のフィギュアを用いた児童・幼児のおままごとを描写したのではないか……との私の決めつけをひとまず肯定してもらえれば(あるいは否定されても)、明らかに原曲とは別の志向(異なる解釈)を持つ日本語詞です。
爪、赤いリボン、銀の星……黒い毛におおわれたキミを彩るモチーフがキミの魅力の幅や質感を演出します。たとえ爪を立てても、僕はそれ込みでキミにイカれちゃっているんだぜ。もふもふでぽよぽよなだけの毛や肉のカタマリとは違うんだぜ……思い通りにならないかわいくもはねっ返りの強いじゃじゃ馬だからこそ夢中にさせるのでしょう。
“だけどあんまり イタズラすると アジの干物は おあずけだよ”
(『黒ネコのタンゴ』より、日本語詞:見尾田みずほ)
かようにキミのはねっかえりっぷりを私に想起させた末に、際立ったフックのモチーフ、“アジの干物”が登場します。飴とムチでいえば飴。ごほうび・見返りの象徴としては少々生臭そうです。猫と来れば干物だろうというのがステレオタイプな気もしますが私は猫を飼ったことがないのでわかりません。アジの干物で多数派の猫は喜ぶのでしょうか。
心をなやませるキミ、の割には最終的な主導権は“僕”が握っている感じがします。ホラホラ、そんなふうにイタズラな子にはアジの干物をあげないんだぜ? いいのかい? という余裕の含みが見切れた乾物マウンティングが滑稽。
さて、ひとつ謎が浮かびます。“タンゴ”よ、お前どっから来た? おそらく原曲にない要素でしょう。夜に映えるキミの黒く艶めく魅力の躍動を独自の発想で表現したもの、と解釈します。
青沼詩郎
『黒ネコのタンゴ』を収録した『皆川おさむファースト・アルバム』(1973)
『黒ネコのタンゴ』を収録した『皆川おさむくん 黒ネコのタンゴ 大人のための子どもの歌』(2026)。1969年(歌声の主「おさむ君」6歳!)バージョン、1973年バージョンほか収録。