過去は不可侵

日本で本曲と結びつく最も大きい認知があるのは菅原洋一さんでしょうか。私は黛ジュンさんの実演をサブスクで最初に知りました。

1953年くらいに存在した曲のようです。最も古くて認知の大きい実演はレス・ポール&メリー・フォードでしょうか。ブルージーな雰囲気のある実演で、達者なクリーンクランチのオブリガードが足腰かろやかにボーカルと絡みます。エルヴィス・プレスリー、エディ・アーノルドなどによる実演も存在します。

日本語の歌詞をつけたのはなかにし礼さん。原曲の真意を巧みに汲み取った意訳で、私のつたない英語力で原詞をみてみたところ歪曲は少なく日本語に翻訳されていると感じました。

恋とは、相手への興味関心がその特徴の一点でしょう。相手のころをもっと知りたいものです。ですが本曲は知りたくないのという。意中の相手が、自分以外の相手と過去にどんな蜜月関係を経験してきたかについては知りたくないのです、いくら相手への興味関心こそが恋である!とはいえ。

その気持ちに根ざすのは嫉妬でしょうか。過去の事実にやきもちをやいても、そこには誰もいないし何もありません。もちろん過去の相手は現在も息をしてどこかで働いている場合が多いでしょうが、過去の事実の関係者と、今この瞬間を生きている当事者は、ひとつづきの同一人物であろうとも、やっぱり過去は過去でしかないわけです。なぜなら、すぎてしまったことを、すぎてしまったあとで、やっぱりあれはなかったことにしておきますとか、やっぱりあれはこんな事実だったことにしましょうなどと改変できる人は誰ひとりいないのですから。

変えようがないから、今となってはもう事実の裁量権と切り離された過去であるからこそ、知る・知らないでおくの選択をある程度意識的にコントロールして、自分の正気を保つのは自分自身の責任であり自己防衛手段です。そんな気持ちを歌っているのが本曲の日本語歌詞バージョンの趣向なのでしょう。

知りたくないの I Really Don’t Want to Know 菅原洋一ほかが歌ったポピュラーソング 曲の名義、発表の概要

作詞:Howard Barnes、作曲:Don Robertson。最も古い録音の発表がレス・ポール&メリー・フォードのシングルか(1953)。日本語の歌詞:なかにし礼。菅原洋一の日本語バージョンはシングル『恋心』(1965)のB面に収録された。エディ・アーノルドバージョンが日本で『たそがれのワルツ』の曲名で発表されているとする説があるようです。

菅原洋一 知りたくないの(『ビューティフルメモリー~我が心の歌~-80才の私からあなたへ- – 菅原洋一』収録)を聴く

菅原さんに絞ってもこの曲の実演のバージョンが複数、たくさんあります。ひとまず私が菅原さんバージョンとして認知したもので最初のものだった、コンパクトに曲サイズがまとまったこちらをおすすめします。この円盤の発表時期と照らしあわせると80歳くらいの頃の実演?

ピアノとエレキギターのオブリガードが達者にぽろぽろとあそびまわります。右寄りにスティールギターが天上からの極楽の誘い。同じく右寄りにアコースティックギターのストラミングがコードの胴回りを支えます。このアコギがあってピアノも自由に動けるわけです。

またずぼーんと伸びの太いアコースティックのベースのサウンドも各ウワモノが達者に自由に動き回るための基盤です。

菅原さんの歌は朗々として、哀愁の経年の風合いあり。枯れた夕暮れのまぶしさよ。声帯を中心にからだじゅうが素直に共鳴する、歌の権化です。あなた自身が歌そのもの、という自然・必然。

菅原さんバージョンだけでもすごい量のバージョンがあります。本曲を大切なレパートリーとして、生涯を通して扱い続けた意思がうかがえます。

知りたくないの、としていても、そのあなたと現在進行形の歩みを続けたい確かさを思わせます。過去なんかに、われわれの未来を創る歩みを邪魔なんかさせないぜという前向きな意思すら想起できます。

青沼詩郎

参考Wikipedia>知りたくないのI Really Don’t Want to Know菅原洋一

参考歌詞サイト 歌ネット>知りたくないの

『ビューティフルメモリー~我が心の歌~-80才の私からあなたへ- – 菅原洋一』(2012)

『デビュー55周年記念アルバム 知りたくないの 菅原洋一の世界』(2013)