酔って引き出されるのもあなた
アルバム『今はまだ人生を語らず』で、伝説のつま恋6万人コンサートの演目になったのをDVDで観ました。
アコギをじゃかじゃか鳴らしてみんなで歌ったら楽しそう。サビのメロディがきれい。ヴァースはリズム、歌詞のはまりかたがその瞬間によって刻々と変化する、私が心中「たくろう節」と呼んで親しむ独特のリズムの揺らぎや音程の動きの個性があります。
酔うと人はろくでもなさが拡大されます。それも含めて人だよと肩を組んで生きていけたら楽しいんですが、昨今はコンプラだ法令遵守だ平等公平公正高配慮マナーその他よろずと何かと厳しい。炎上という言葉が浸透して親しいくらいですから、この歌もつっつかれるとアブナそうな箇所もいくぶん含みます。そこがむしろ時代を超越しての人間の特徴を抽出した妙味でもあり、現代に渡って聴くべき価値だとも思います。
2面性があります。酔っいる自分としらふのときの理性や信条のある自分。端正なメロデイと、酔っているときの偏りのきついしょうもない部分のさらけ出しの同居。それを象徴するみたいに、拓郎さんのリードボーカルと、オブリガードの朗々とした男声のコーラスが同居しています。このバックコーラスが「うんと飲め飲め、飲んだら踏み倒せ」などとお世辞にも誉められない悪魔のささやきを歌っています。このバックコーラスが酔っぱらっちまって理性も吹き飛んだ、情けなくも愛すべき……あるいはぶん殴るべき?! 若輩者の人格を演じてくれているように感じます。
意外と表(オモテ)の人格を象徴するはず?のリードボーカルにもあやうい発言があり、“飲みほてしまおう かわいた夜を 恋はどこにも ころがってるさ 可愛い可愛いアバズレを ひと息にグイと飲んじまえ”(『三軒目の店ごと』より、作詞:吉田拓郎)と歌います。アバズレはもうあらゆる時代のあらゆる人の尊厳を思うにまっしぐらにアウトな単語ではないでしょうか……という感覚もあくまで今を生きる私特有のもので、1970年代はまだふつうにまかり通る単語だったのかは1970年代をリアルで生きた人のみぞ知るところでしょうか。
この歌詞に続いて、「大きな声が出るじゃないか 酒のせいでもうれしいね」と歌われます。お酒が入ると人は声が大きくなる傾向がありますが、上の項目に述べた流れがあるので、ソッチ(シモ、床)の声が大きくなっているのかなといったヨコシマな想像を私にもたらします。そんなようなことを思うのも、私のなかにそうしたヨコシマな価値観の引き出しがあるからでしょう。歌は鑑賞者が引き出しにためこんでいる多様な人格を引き出し、スポットライトを当てるものです。私の人格を露呈します。私のろくでもなさを煽るのです、酒を煽るのとおなじように……
「飲みほしてしまおう」といった、歌い出し付近などの要所のみは複数のコーラスに通じて同じ歌詞が当てられますが、それ意外は基本的に一本道に歌詞が変化していきます。セクションごとまるまる同じ歌詞が繰り返されることのない様式で書かれた楽曲で、酔っ払った人格を描いていても、はしご酒していても、その足取りに前後や順序があってどの瞬間も一期一会のものとして表現された趣があります。
三軒目の店ごと よしだたくろう 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:吉田拓郎。よしだたくろうのアルバム『今はまだ人生を語らず』(1974)に収録。
よしだたくろう 三軒目の店ごと(アルバム『今はまだ人生を語らず』収録)を聴く
響きが全体的に深い。音像が近いのはしいていえばアコギとコンガです。ベーシックリズムを牽引する、描き込みが密なのがこのふたつのパート。
エレキギターがスチャっとアクセントを添えます。ピアノは常に高い音域にいて、酔っぱらいの千鳥足を表現。ぽろぽろとつねに夜の街を徘徊する動きです。左寄りにスライドギターなのか、ボリュームペダルなのかバイオリン奏法みたいなエレキが理性が遠くなった状態を表現するみたいにふわふわと音信を送りつづけます。ベースはアタックの輪郭が遠いですが、ぐもぐもっと常に夜の空気を両手にかかえる器の存在感、質量感だけが私のなかに地鳴りを与えます。ドラムはなくて、シンバルが高域をマスクすることもありません。
こんなオケのなかにあって、たくろうさんのリードボーカルの輪郭がくっきりとうかびます。距離はちょっとあって、閉店後の酒場にむなしく響くみたいな空気があります。
バックグラウンドボーカルの歌っている歌詞はろくでもない人格が滲み出た趣がありますが、歌唱自体はむしろ理性的で陰影と質感がしっかり出ていて朗々としていますし、ただのユニゾンのシンガロングではなく和声音程になっています。ダーク・ダックスとかの男声ハーモニーがアイデンティティの昔のグループの音像を思い出します。
一貫して変化しない音像でスリーコーラスきっちりたらふく飲みに連れていかれるサイズで、エンディングになるとそれまでいなかったようなエレキギターが一本加わってくる感じがします。コーラスがかかったような空気感のあるサウンドで、リズミカルにリードしつつ夜が更ける……どころか明けていくみたいにフェードアウト。また理性の朝が来ます。
青沼詩郎
『三軒目の店ごと』を収録したよしだたくろうのアルバム『今はまだ人生を語らず』(1974)