Bo Diddleyの“Bo Diddley” 野生的なリズムとゆらめく音色
己がプロデュースする己像(おのれぞう)をコミカルに描いているのでしょうか。ダイヤモンドリングを贈る?カノジョのために毛皮を獲る?!うまくいっているようないないような。
甲本ヒロトさんがロックンロールに衝撃を受けたはじめの時期に聴いた音楽としてボ・ディドリーを挙げていたことがあるのを何かのメディアだかインタビュー記事で読んだことがあります。
ボ・ディドリーの存在はロックンロールのおこりにおいて重要な位置付けだといえそうです。三枝成彰さんが『知りたいことがなんでもわかる音楽の本』(三笠書房、知的生きかた文庫、1999年)でピントの絞りの鋭い解説を述べていますのでぜひ読んでみてください。端的にいいますと、R&Bをロックンロールの名前でポピュラーミュージックのいちジャンルに位置付けた存在、とのことです。確かに、なんだか野生的でソワソワするボ・ディドリーのサウンドには、それまでの常識が覆ったことを定着させる高揚感がある気もします。
・ドクター・ジョンの“ガンボ”的なリズムが野生的
本曲『Bo Diddley』のリズムからは私はDr. Johnの『Iko Iko』などで聴けるリズムを思い出します。ドクター・ジョンはボ・ディドリーを参照してこのリズムを扱ったのでしょうか。さらにいえば、ボ・ディドリーは何かを参照してこのリズムを用いたのでしょうか。
コヨコヨゆらめく音色のトレモロギター?と野生的なリズムとのかけあわせで、男:ボ・ディドリーがカノジョのためになにやら四苦八苦している? ある種の実りのなさ、景色のかわらなさを嘲笑っているかのような人生模様を端的に描く痛烈さがあります。コードなどGコードに張りっついたみたいにあんまり変化しません。ヴァースとコーラスの違いがあるのかもよくわからない。8小節なんだか10小節なんだかそれ以上なんだか、まとまりの単位の境界もなんだかふらふら揺れているみたいなカゲロウみたいな曲にも思えます。歌詞など非ネイティブの私の低リスニング力では正直何言っているのかあんまり聴き取れません。歌詞カードを見てやっとという感じです。はっきりときれいなメロディを歌う、日本でいえば演歌や歌謡曲みたいな冗長感を覆すような痛烈な音楽スタイルが、既存の音楽に辟易する当時のキッズたちを大きく煽ったのかもしれません。
Bo Diddleyの“Bo Diddley” 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:Ellas McDaniel (Bo Diddley)。Bo Diddleyのシングル(1955)。アルバム『Bo Diddley』(1958)に収録。
Bo Diddleyの“Bo Diddley”(アルバム『Bo Diddley』収録)を聴く
案外軽い歌い出しだなとおもったら最後の方のセクションの歌い出しで強烈にボーカルが近く歪んで来たりと荒々しい。全体にリズム要素が主体。ちくちくとマラカスのようなサウンドが強烈にリードします。シャクシャクチャクチャクとギターを短く切りながら刻むリズム。ドコドコとタイコの音。2〜3種類の口径のタムタムの類なのでしょうか。
バスドラムやベースギターが入っているのかよくわからない。打楽器と歌とギターだけだと言われても不思議ではありません。
なんだか根があるようなないような。おおむねギターが醸し出す響きにはGのコードが感じられますが、少し高い音域にすべりあがるみたくギターが歌詞と歌詞のあいだにゆらめく響きを描き込みます。
シンバルなんかの鳴り物もない。クラッシュシンバルがセクションの変わり目を位置付けることもなく、ずっと恒常的なリズムがつづきます。エンディングだってフェイド・アウトです。なんのオチもつかない、ただボ・ディドリー像がそこにあって、ただボ・ディドリー像がそこにある。はじまりと終わりもなく環状の観念を想起させます。
青沼詩郎
参考Wikipedia>ボ・ディドリー、Bo Diddley (Bo Diddley song)、Juba dance
本曲のリズムはhamboneに似ているとされているWikipedia記事あり(Juda danceのページ)。アフリカ系アメリカ人たちが体の多様な部位を叩いたり拍手をしたりして踊ったものだとか。
アルバム『Bo Diddley』(1958)