子供も大人も喧嘩いろいろ
ペギー・リーのアルバム『貝がら』に収録された曲。ほとんどハープの伴奏、曲によってはハープシコードのみの演奏で構成されたアルバムです。ほかの楽器は入っておらず、ペギー・リーの音像の近いボーカルが私の脳みそを極楽に連れていきます。シンプルな編成ですが弦の倍音豊かで耳心地が至福です。ドビュッシーの亜麻色の髪の乙女、民謡のグリーンスリーヴスなどのインストゥルメンタルも収録していて、ペギー・リーの歌唱だけによりかかるでもなく、アルバム全体として個別の楽器の表現を超越したさらに向こう側にある空気を掴みにいくような絶妙さがあります。中世あたりにでもタイムトリップして、当時の歌手さんらの演奏を現代の機材で収録して持ち帰ったかのようなタイムレス感、時代超越感があります。
・大人のけんかへの皮肉かも
子供の痴話喧嘩で、もうあなたとは遊ばない!あなたのうちの庭になんてもう行かない!という主張だとすれば数日の時間が解決するかなと微笑ましい気持ちにもなれるのですが、大人の喧嘩、話を広げれば戦争の話だと思うと平和に微笑んでいる気分だけが私を迎えてくれるわけでもないのが皮肉です。鑑賞者である私のこころに争いや見栄、虚栄心、独占欲、排他・排外の感性があるからそう思うのかもしれません。
子供はその家に依存して生きる存在であり、お隣が気に入らないから自分の意思で引越しを決めるとかできるわけでもありません。とくに幼い子供であれば怒りに身が滅ぼされそうになった瞬間に自分に意思でいつでもフラフラ散歩に行くとかできるわけでもなく、基本的に家の管理下にあったり親の同伴をともなうかたちでしか行動ができない、制約される存在です。短期的に根本的な解決が難しい場合、自分の意思で問題の対象と物理的な距離を取れるかどうかが直接的な暴力などによる争いを避ける手段だと思うのですが、大人の戦争を思うとき、地続きで国境が接している関係だったりすると……。「あなたとはもう遊ばない」で済ませることができる、それだけで平和的だと思うのですが、それができないのはなぜか。子供のほうがずっと理性的で知的ではないか。子供にできることができずになぜ……このへんでやめておきます。あなたの庭にはもう行かないしあなたとはもう遊ばない……恋愛の話と解釈しても鑑賞できると思います。
もともと19世紀末頃……1894年の童謡がオリジナルとのこと。ペギー・リーらの演奏が多様なシチュエーション、想像の広まりを試着させてくれる名演なのです。
I Don’t Want To Play In Your Yard あなたとはもう遊ばない Peggy Lee 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:Henry W. Petrie、Philip Wingate。Peggy Leeのアルバム『Sea Shells(貝がら)』(1958)に収録。
Peggy Lee I Don’t Want To Play In Your Yard(アルバム『Sea Shells』収録)を聴く
気管支の中にまで精密な感性を宿し、息が通り抜ける量もスピードも熟知したようなペギー・リーの歌唱の質感が極楽です。どこにも遊びに行けなくてもこの耳心地があればそれでいいかなと思えます。
ハープの音色が「千と千尋」感(『いつも何度でも』)。あちらはライアーという小型の竪琴だったと思います。こちらのハープの音色も、オーケストラなどに用いられるフルサイズのものより小型でかろやかなのかな? と想像させるやさしい音色を持っていますが実際はどうなのでしょう。
A♭でパフォーマンスしているようかと思いますが、イントロでミ♭ ミ♭ ド ファ ミ♭ー ドー……とモチーフを提示したのちすかさずFメージャーに転じさせつつE♭のコードに着地しそれを元のA♭のドミナントとして元のA♭調になって歌メロがはじまります。
この提示はエンディングに再現されます。ミ♭ ミ♭ ド ファ ミ♭ー ドー……あなたと仲良くできる未来を呼んで、期待せず期待しているみたいなモチーフではありませんか。
I don’t want to play in your yardとの主題のフレーズが出てくるところで、和声的にも転々とする音楽意匠が好ましい。イヤ!あなたんとこの庭で遊んだりなんてもうしないんだからね……やさしくしてくんなきゃ……という気持ちがゆらめく和音の響きや楽器の音色、息づかいで表現される耳福。
曲の途中で9/8拍子に変わって歌メロディがハープで再現されます。喧嘩する前を回想しているみたいでもありますし、いつか和解と親睦が訪れる未来の想像しているのかもしれません。
青沼詩郎
参考Wikipedia>ペギー・リー、Henry W. Petrie
参考歌詞サイト Genius>I Don’t Want To Play In Your Yard