おまえと重なる人格

何度聴いてもするっと過ぎてしまうフシギな引力と流動のある33分のアルバム『猫・あなたへ』(猫の代表曲『各駅停車』も収録したアルバム)に収録された、吉田拓郎さんによる作詞作曲。吉田拓郎さん自身名義による本曲のスタジオ録音は同時代においては日の目を見なかった模様。ずっと年が下ってから、“T&ぷらいべえつ with 2019T’s BAND”名義で、バンドとの共同での吉田拓郎さん(“T”)の歌声による実演がリリースされます。

「わたし」と表題しますが、楽曲のなかで「おまえの足音が……」と歌われます。数多の大衆歌の歌詞において扱われる多様な二人称:君、あなた、おまえ……はときにソングライター自身の人格のある一定範囲(一面)を抽出・対象に客観していることがあると思います。少なくともそう解釈することで、己の一面を尊いものとして扱い平静に激励する慈愛、それに由来する感動が私ににじみます。本曲においては歌詞本文においては「おまえ」との二人称表現を用いながらも、題名のほうで「わたしの足音」と固定してみせました。「おまえ」はほかの誰でもない「わたし」に相当しうるとの強く高らかな表明ではないでしょうか。

本曲は吉田拓郎さんの楽曲『今日までそして明日から』が主題歌となった映画『旅の重さ』(1972)のために制作・収録されたが本編未使用となった楽曲だそうです。旅情こそずばり本曲の意匠テーマであろうと思えます。

わたしの足音 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:吉田拓郎。猫のアルバム『猫・あなたへ』(1973)に収録。映画『旅の重さ』(1972)のために制作されるも未使用となり、後年 “T&ぷらいべえつ with 2019T’s BAND”名義で新たな録音がリリースされる(2019)。

猫 わたしの足音(アルバム『猫・あなたへ』)を聴く

2006年のCD化時にリマスタリングされているようなのですが音がすごく良い。ボーカルが明瞭に色っぽく前にいる生々しさ。大事な音が真ん中にあって躍動感があります。ドラムの演奏のダイナミクス、ハイハットの開き具合擦れ具合、スネアの衝突と残響の経過、その迫るシズル感。アコースティックギターもガンとパワーが出て思えるのですがアップストロークを引っ掛け、撫でるような繊細さも同居します。

左に開いたエレキギターのダウンストロークの8分音符。右サイドはバンジョーが広げます。真ん中、左、右の関係がはっきりしています。バックグラウンドボーカルはリードボーカルの近さと対照的に思い切りよく、はっきりと“遠い”。前後感があります。その中間くらいの位置をアコースティックピアノのダウンストロークが決めます。エンディングには右サイドにもリードギターが入って、左サイドのエレキとリードプレイの二人羽織です。協調と個の格闘よ。

エンディングは長めのフェードで遠ざかる足音、この曲のタイトルをずばり思い出させます。

T&ぷらいべえつ with 2019T’s BAND わたしの足音2019を聴く

ここ10年くらい(この記事の執筆時:2026年)の吉田拓郎さんのステージやスタジオ録音からは自身のキャリアがふり蒔いてきた種(たね)の芽生えに自身もろとも包まれる豊かでスケールの大きな多幸感を覚えます。先日「春だったね2026」のライブビューイングの配信を観た時の印象に通ずるものをこの録音からも感じます。荘厳な声のレイヤー、楽器の演奏による倍音の複雑なマーブル模様と高解像度な調和。

間奏で過去が現在に手紙を送ってきたのが風に乗ってふと届くみたいに転調。我に帰るように元の調に戻ってBセクションの再現あるいは更新。

着実な1歩1歩への感謝の表明のように中庸なテンポと万感のビートが肝要です。

青沼詩郎

参考Wikipedia>旅の重さ

ソニーミュージックサイト>猫・あなたへのページへのリンク

猫のアルバム『猫・あなたへ』(1973)

『私の足音2019』を収録したCDを含む映像作品『吉田拓郎 2019 -Live 73 years- in NAGOYA / Special EP Disc「てぃ~たいむ」』(Blu-ray Disc+CD)

『わたしの足音』は収録していませんが、吉田さん関連情報として『吉田拓郎 SPECIAL LIVE 春だったね2026』がBlu-ray・DVDで発売(2026/9/23)。

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『わたしの足音(猫が提供を受けた吉田拓郎の曲)おまえと重なる人格【ギター弾き語りとハーモニカ・寸評つき】』)