自由を練る四畳半宇宙
この曲が私のイメージする現代の「言ってはいけない空気」を浮き彫りにします。思ったことを言う態度。慮り、デリカシーがないともいえます(「嫁さんだって月とスッポン」、などよく言えたもの……)。言ったからには背負うのです。言った言わないを現代は気にしすぎなのでしょうか。本心は態度に出ると思います。公害、環境、政治、平和などに言い触れて宇宙からこの星を俯瞰する眺望を頂き(マウンテントップ)に、慎ましく等身大のスケール:四畳半に着地し現実に引き戻します。願う。言うは自由。「秘める自由」を裏面に持つ、言う自由の象徴がこの曲。この小さい箱、庭から何をはじめ、どこへ行くか。
この曲、ならびにこの曲を収録したアルバムの編曲を加藤和彦さんが手掛けているようです。ボンゴなど皮もののタイコをつかってかろみを出し、アコギのストラミングを中心に重心の質量感を呈し、荒く歪んだソロギターも迎えて四畳半で酔っ払ってくだを巻いて騒ぎ散らしているみたいなはだかんぼの野心が光ります。
じぶんが矢面に立って言いたいことをいう。自分の声で、自分の言葉で、自分の裁量で。人権、人格を持つ存在にこそできます。自分の愚も智も引き受け育て歩む態度です。
地球がとっても青いから 泉谷しげる 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:泉谷しげる。泉谷しげるのアルバム『春夏秋冬』(1972)に収録。
泉谷しげる 地球がとっても青いから(アルバム『春夏秋冬』)を聴く
雑踏の雑音にまみれて片耳イヤホンで適当に聴いていたとき、ボンゴだけをつかってドラムセットが入っていないんじゃないかと感じたのですが家でヘッドフォンで聴いたらちゃんとドラムが入っていました。しかしオープンシンバルをバシャーンとはほとんどやりません。ずっとドライでミュートの効いた音で演奏を支え、空間の輪郭を引き締めます。ドラムが右いっぱい、ボンゴらしき重心のかるい音色が左にいっぱい振られた定位で対になっています。
ベースの音色もグバグバ歪んでいる。小さめのキャビネットあるいは一体型のアンプで出したような、これまた腰の位置の高めな感じのサウンドで終始べろべろによっぱらっている気分。
エレキギターは左定位で音量が出るところとバンドに沈み込むところのダイナミクス、ニュアンスに富みます。歪みは強いとまで言えるのかわかりませんが鋭さ、エッジのある音色がダイナミクスを抑えていても常に輪郭があります。
アコギはロックンロールの語彙、ⅴをⅵに上げては戻すパターンをダウンストローク中心で演奏している感じ。アコギ、ドラム、ベース、などベーシックの各音色や演奏タッチが倍音で空間を飽和させるようなアプローチとは違うのですっきりしています。アコースティックバンドな質感を保っています。
泉谷さんのボーカルは当然というかずばり単一で、ダブルやハモりは一切ありません。ときおり青森の言葉がでるのか「月へいくど」……と聞こえる。間奏に突入する境目を前に「いけやれホラ」とエレキギターを煽ります。
態度がでかくても腰が高く自由でどこへでもすっ飛んでいく軽さ。アルバムの一曲目がこの曲で、宇宙から四畳半までのスケールの極端を提示してバラエティ豊かな楽曲たちがひしめくアルバムのはじまりです。順次つづく収録曲もぜひ聴いてみてください。
青沼詩郎
SHIGERU IZUMIYA -泉谷しげる- Webサイトへのリンク
『地球がとっても青いから』を収録した泉谷しげるのアルバム『春夏秋冬』(1972)