寄せ植えの鉢
ロサンゼルス録音だという、イルカさんのサードアルバム『植物誌』収録曲。音が良いです。
歌にすることで残せる「あなた」。歌にされることで人格を持ちます。その本人のなかにすらいないかもしれない人格を、私たちはお互いが見ているのです。“孤独な歌人”はだれしもお互いのことなのではないでしょうか。あれもこれも、ある人を観察しての気づきはすべて歌の種なのだと。歌にするって素敵だな、あれもこれも歌にしたいな、しなきゃなと思わせてくれます。
いつも怒ってばかりいた大嫌いな先生……とつづりはじめます。しかし卒業式でまっさきに泣いちゃうのもあの大嫌いな(とはじめは思った)先生。やがて、本当はみんなあなたが好きでしたと明かされます。ひとりで本ばかり読んでいる。犬が家族(犬だけが家族なのか?)。芭蕉のように旅がしたい。先生についての観察が楽曲の本体をなします。そのどれもが先生をつくるたくさんの人格、属性。すべてが先生の真実のようで、すべての側面はそれのみでは全体を言い表すことができません。相反する要素を持ち合わせてもいるでしょう。先生だけではない、だれもが歌の種をさまざま持ち、着床させ、発芽させ、花咲かせたり枯らしたりしている孤独な歌人なのです。
孤独な歌人 イルカ 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:イルカ。イルカのアルバム『植物誌』(1977)に収録。
イルカ 孤独な歌人(アルバム『植物誌』収録)を聴く
右にヴァイオリンが定位。フィドル、アイリッシュのスタイルのようにわずかにフィンガリングでふしをつけます。わずかにかおる民謡のにおい。
左にアコースティックギターのアルペジオ。ピックで一つひとつ弾く明瞭な粒が明るいです。
左右の楽器にはさまれまんなかにイルカさんの歌声。胸の響き豊かな落ち着きのあるトーンで声が空間に溶けます。ホールで演奏するようなリバーブが記憶のなかの先生の姿を遠くにやろうとする、それを引き出そうとするシンガーとリスナーの相反する潮流が拮抗します。弾き語りで左トラックのギターと同時に収録したのかわかりませんが分離があり、それぞれに完璧なまでの輪郭があります。かつ自然に調和した音像です。フィドルのまっすぐな指づかい弓使い、ノンビブラートで淡白で平坦な先生と主人公の関係を思わせます。しかし心では厚い尊敬が培われていき、みんなあなたが好きでしたに集結していくのかもしれません。
みんなあなたが好きでしたの結論を反復するときにふわっと風がふきぬけて意識が五感の知覚にさらわれるみたくリタルダンド。植物誌のページをめくる手が一瞬ゆるむ。でもまた我に返ってするっと次のページへ行くようにさらっと楽曲は結びます。
FiddleはDavid Lindleyがクレジットされているようです。様々なスタイルの音楽性の幅、多様な楽器を操る名人。イルカさんの曲想に寄り添います。
青沼詩郎
『孤独な歌人』を収録したイルカのアルバム『植物誌』(1977)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『孤独な歌人(イルカの曲)まるで寄せ植えの鉢【ギター弾き語り・寸評つき】』)