マジシャンの心

夜には不可侵の時空が存在しているのではないか。そんな空想をくれます。荒木一郎さんの歌が時代の変遷を超越したところで私の心に鳴る安心感。すべての年月にまたがったマジックタイムの夜があるみたいです。マジック(手品)好きの彼らしい曲ともいえそう。ビートルズレパートリーにみるボードヴィル調の曲みたく娯楽、演芸の刹那性、水、泡みたいな儚さがあざ笑うでも誇り見せびらかすでもなく自然体としてそこにあります。軽く弾んだバンジョーと木管楽器が音のはしごをすべる快さ。気味の良さ。

手品は術者の手のうちで(オーディエンスの観察の外側で)ただ物事が経過しているが、手の外からみれば一挙に物事が変わってしまったみたく見えるミスリード、勘違いが要になっている芸だと私には思えます。魔術はどこまでも科学だったり化学だったり文学だったり哲学だったりするのじゃないかな、とボワンと思います。

時間通りに魔術師が 荒木一郎 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:荒木一郎。荒木一郎のアルバム『美しい涙のためのバラード』(1976)に収録。 

荒木一郎 時間通りに魔術師が(アルバム『美しい涙のためのバラード』収録)を聴く

5メートル以内でテーブルの上の演者の手元を見ている者はみなもれなく魔術にかかる……そんな独特のパーソナル空間を持つかのような荒木一郎さんの胸に響いた終始優しい歌声・発声が耳福です。

左にコロコロとバンジョー。右にはブリッジミュートでおさえたエレキギター、フェンダーストラトキャスターのようなちゅるちゅるしたキレイで伸びやかな音色を持つギターです。ベースとドラムの抑制の効いた、きびきびしていて脱力感のある的確な演奏。ザシ!とハイハットだかシンバルを極めて短く止める演奏が抜群です。

後ろざさえをする木管楽器の和声の壁。クラリネットでしょうか。間奏ではリードし、プピーと甲高く愛嬌あるコミカルな音色でオーディエンスの視線をあつめます。このスキにも魔術師は手の内で何か仕込んでいるぞ、きっと……

エンディングはスプーンを上空にほうり投げるみたい木管が音高のはしごをあがっていきポチャンとグラスのなかにすっぽり入るみたい。しゃれた音のオチがついていて気が利いています。

イントロは演説、紹介、アオリみたいなわざとらしいナレーション声が入っています。本曲を収録したアルバムの1、2、最後の曲はこのようなアオリつきのトラックになっています。ベストアルバムに収録される際はこのアオリの部分がカットされているようです。この演説風のアオリはビートルズの『Two Of Us』のイントロを思い出させます。遊び心、あるいはアルバムに空気をあたえる演出です。オーディエンスを幻惑する奇術……いえ魔術っぽいアティテュードが楽しい。でもあくまで時間通り。きっちりしているところはきっちりしているから、オーディエンスを術にかけることができるのでしょう。

青沼詩郎

参考Wikipedia>荒木一郎

荒木 一郎 | ソニーミュージックオフィシャルサイトへのリンク

『時間通りに魔術師が』を収録した荒木一郎のアルバム『美しい涙のためのバラード』(1976)