映像 大滝詠一の声とのセッション 音楽特番「我が心の大滝詠一」

大滝詠一の姿を映した写真と、レコード盤がまわる様子。右肩に「NHK BSP 我が心の大滝詠一」の文字、ロゴ。クリックとともに大滝詠一の声のカウントがきこえます。ホールのような広い空間。ストリングスにピアノにパーカッションにエレキギターに…とにかくひととおりのメンバーがいます。中央がからりと空いています。大滝詠一の声がしており彼の姿をさがしますがどこにもいません。大滝詠一の声のトラックと生身のミュージシャンたちのセッションなのでしょう。オリジナル音源に用いられたボーカルトラックとは別トラックなのでしょうか。音声だけきくぶんには、その場に大滝詠一がいると思わせる絹のような質感の声が空中をただよいます。転調したところでクワァー!とライトが上がります。光に埋もれそうな演奏メンバー。まぶしく神々しい画面です。ドラムスやストリングスを隔てる透明な遮音板。この板、近代のテレビのスタジオやライブステージで頻繁に目にするようになりました。エンディングで音を止めてライトもダウン。下手(向かって左)のピアニストが執る指揮(高らかにあげた両腕)で音を止めています。バンドマスターでしょうか。ミュージシャンのクレジットが明かされます。バンマス兼ピアニストは井上鑑。アレンジャーも彼の名です。ほか、これぞ!なミュージシャンらが名を連ねます。

ソニーミュージックのサイト内、大滝詠一のページの2021年3月17日のINFO記事 > 『A LONG VACATION』発売を記念して、NHKとニッポン放送でスペシャルプログラムの放送が決定!!

Musicman > ニュース > アーティスト > 大滝詠一「A LONG VACATION」40周年記念、NHKとニッポン放送で特番を放送

大滝詠一の“ロンバケ”40周年記念関連特番だったようです。思ったより最近の出来事。

曲について

作詞:多幸福、作曲:大瀧詠一 。1997発売のシングル曲。作詞者の「多幸福」は大滝詠一、フジテレビのプロデューサーの亀山千広、『幸せな結末』を主題歌としたテレビドラマ『ラブジェネレーション』演出担当の永山耕三の共同名義。(参考:Wikipedia > 幸せな結末

『幸せな結末』を聴く

ざっくり聴く

静謐な朝の匂いがしてきそうな爽やかなストリングス。エレキギターの音には哀愁が透き通ります。大滝詠一の声がふわふわと漂います。歌詞“今夜君は僕のもの”でわずかに茶目っ気を出したようなニュアンスがたまりません。ちょっと照れ屋というか、シャイな性格を思わせます。ホントのところがどうかは別として。

ドラムスのスネア+フロアタムのドンドンドンドン……という8分ストロークのフィルインの臨場感。オルガンが転がるような音色でマイルドに響き、ストリングスが襷を受け取る間奏が明けるとまたBメロ。歌詞“あふれる思い”で転調します。

タンバリンの4つ打ちが聴こえてきたらエンディングが近づいてきた頃。ピアノがコンコンと心の扉を叩くみたいにこだまします。

パート別に聴く

ドラムス。イントロはハーフテンポのビート。Aメロもですね。最初のAメロはスネアすら打ちません(スネアを打たないパターンで私が思い出すのはカーペンターズ)。折り返しでタムのフィル。スネアが通常の頻度で入るようになります。ドッタド……と、3拍目アタマのキックを空けるパターンとドッタドドッタド……と3拍目アタマにキックがあるパターンを使い分けます。後者はビートがどんどん前に進みます。間奏などで用いています。

Bメロのパターンではスネアとフロアタムを同時にする両腕のショット。コントラストが強くはっきりとしたリズムを刻みます。2小節パターンで、前半の小節は移勢させ、後半の小節の2拍目裏から8分を連打。緩慢なズレと安定の前進を波状に組み合わせたリズムパターンで、ほかのベーシックリズムの類もこれに従います。エンディングでは間奏のときと同様に前にすすむビートのパターン。2小節おきに4拍目のスネアショットに左側にきこえるタンバリンとは別にタンバリンを重ねて華やかさを演出しているでしょうか。

ベース。キックとあわせたストロークパターンのイントロ。1拍目と2拍目ウラ・3拍目をストロークするブーンブブーン……というパターンです。はじめのAメロはワンコードに1回ストロークする緩慢な描き込み。折り返してドラムスがビートを出し始めるのに協調して1拍目・2拍目ウラにストロークするパターンになります。

Bメロを経てAメロを取り戻すと、4拍目ウラにストロークを加えて細かい違いを演出しています。間奏はドラムスのキックと協調して1・3拍目アタマと2・4拍目ウラです。ブー・ブブーン・ブ……と前へ前へいくパターン。マイルドに調和しバンドを支えるトーンです。

エレキギター。左から聴こえて右に残響が抜ける印象のカッティング。中央付近にフィルインする、単音主体にやや重音を交えるプレイが別トラックで歌の入る前などに聴こえます。いずれも非常にクリアかつ奥行きのある清涼な響きです。キレがあってエッジの立った硬質な音。シングルのピックアップを想像します。

ピアノ。左に絢爛なフィルインフレーズ。このトラックは基本、オクターブ奏法です。ギターと棲み分け、バトンタッチするようにスポットライトのもとに入れ替わる感じです。ベーシックなリズムストロークパートが中央付近に別トラックでいるでしょうか。カドが丸く、主役を支えるトーンのピアノです。

エンディングでは低音をズンと効かせたピアノが目立ってきます。低音位を出しつつ、半音進行で下がってきて副次Ⅴに着地するパターンです。このあたりは特に定位を複雑に感じます。ひょっとしたら、高音域の近くに立てたマイクを右に、低音域の近くに立てたマイクを左に振っているかもしれません。ピアノのフレージングの音域、そのポジションによって常に定位も移ろうのです。複雑で豊かな音景色。海の波間のように延々と、しかし同一の模様は決して2度と現れない。想像させるピアノです。

オルガン。出るところを選んでいます。イントロがひとしきりまわったところでピアノが入る直前に中くらいのポジションで何かを告げています。中央付近のなんともいえない定位です。ボーカルの歌詞“今夜君は僕のもの”を受け取って、高い音域でレスポンスします。

間奏ではトップランナー。人の声のように豊かな倍音、ゆらめきうねるサスティン。ストリングスにバトンを渡します。が、メロディが歌詞“今夜君は僕のもの”に当たるところになると高音域に顔を出します。ここはボクの役だと言わんばかりにはっきりと出どころを確かにしています。エンディングは非常に奥まっていますがさりげなくサスティントーンを描きこんでいる感じがします。

ストリングス。イントロから4度跳躍。モチーフを中音域から高音域へ渡し、和声とメロディの両方を出します。すーっと気持ちよくビブラートして揺れ、広がります。Aメロなどではしばらくいるのかいないのか微妙。広いダイナミクスレンジで表現できるので、ピアニシモはどこまでもピアニシモ。隠し味的に私の気づかないところでもいるのかもしれません。1コーラス目のAメロが2まわし目になる後半のあたりではっきり高めの音域に緩慢なストロークとともにサスティンするパートが入ってくるのがわかります。BメロをはさんでAメロがかえってくるところからはボーカルメロディに合いの手するトリルが入ります。アイディア豊かでストリングスの表現の幅への理解や信頼を思わせるアレンジです。

間奏では前半のオルガンの背景を支え、途中から襷を受け取り高音弦がメロディします。転調前のBメロ出口付近のキメでは16分音符でステップし駆け上がる音形。絢爛を演出し、離陸を思わせるフィルインです。最後のメロが折り返すあたり〜エンディングは高音域をスーっと滑空。結びの結びには16分音符の細かい譜割で下行音形、一気に着地して主和音でサスティン。地平線を描きます。

アコースティック・ギター。イントロからしばらくは奥まっていてわかりづらいですが、イントロがひとしきりしてオルガンが何かを告げるあたりでパラリンとなめらかなダウンストロークが聴こえます。Aメロがはじまってしばらくはドラムスなどが穏やかですのでリズムの舵を握っている感じです。各パートの音が豊かになってくると調和して背景になじみます。ライブでしたらボーカルが歌いながら弾くパートで良さそうです。右からわずかに先に聴こえて左に残響が抜ける印象。付加した残響なのか同一の演奏を別トラックに重ねて右が先に出るようにしたのかどうか。音作りの工夫や些細な技術の結実を思います。

そのほかの味付け。パーカッション類ですね。シェーカーのようなシャッシャカチッチキ……といったシックスティーン。タンバリンの音がスネアを一定の頻度で彩り、わきまえた出どころで華やかさを演出する連打。清涼感をもって爽やかにキレよく残響します。

1コーラス目のAメロが2まわし目になるあたりから「カカカッ」といった、かん高く乾いた短くキレの良い音。カスタネットでしょうか。柄がついていて、振ることで素早いフレーズが演奏できるタイプのものがあります。フラッパーカスタネットという商品名で売っているメーカーもあるようですね。間奏ではこれでもかとばかりに「カカカ」の連続で疾走します。まるで主役級ですが音量のバランスをわきまえています。大滝サウンドには遊び心をふんだんに感じます。

歌詞“あふれる思い”で転調するところでは、出ました! 一発必中の飛び道具、ビブラスラップです。「カーッ」っと唯一無二のサウンドで特別な局面を鮮烈にします。これ一度きり、片道切符の転調です。乾いた木の小さな部品、スピーカーボックスのような空洞を、非常に細かい振幅でふるえる木のビーターが連続して叩き続ける。ビブラスラップの音を私なりに説明するとそんなところです。これが「カーッ」と聴こえるのですね。大滝詠一の代表曲、『君は天然色』でも、ここぞというところで出てくる楽器です。私に大滝サウンドを思わせる遺伝子であり、大滝詠一自身も気に入っていたのかもしれません。

2小節おきにスネアの4拍目を彩ったり、エンディングで4つ打ちするサウンドはタンバリンかと思いましたが、鈴(スレイベル?)もいるようです。タンバリンの「チャリッ」という音とよく似ていて、私が混同して聴いている部分が結構あるかもしれません。あるいは、ユニゾンしているところもあるのか。さまざまな小物楽器が曲を華やかに仕立て上げることに改めて感嘆します。大滝詠一、あるいは編曲の井上鑑の緻密さを思います。

主役の大滝詠一ボーカル。照りと湿り気のある声質。鼻にかかったり美しく口腔に響いたり表情が箇所によってさまざま。どこにおいても感情は静謐です。クールで理知的。ピッチも抜群です。歌い出しの“髪をほどいた”の子音と母音の神々しさ。伸ばすトーンではやや緩慢な心地よい振幅でビブラート。たまに語尾を弱め脱力したような発音もみせます。「言葉を伝え切ることへの執着」を薄め、孤高や儚さを思わせます。音楽的な響きへの追求が深い。粘着性も感じる声質なのですが、さらりとしてもいる。不思議です。ダブリングやハーモニーパートは加えていませんね。透き通る残響づけはいつもながらで、彼の音作りの持ち味。ホール系の広い空間演出を感じるサウンドです。

感想

ドラマに使われていたので昔から知っていた曲でした。神々しい「冷たさ(クールさ)」を当時から感じていました。熱い音楽愛と追求の徹底がクールに現れているところに敬服します。

このブログでいつか取り上げたいと思っていましたが、最近くるりの岸田さんがラジオでこの曲をかけたのを聴きました。放送で歌詞”今夜君は僕のもの”のところの和音に言い触れており、自分では考えない和音づけである……といった主旨のことをおっしゃっていました。私も本当にそう思います。調べてみると、気になる部分はⅤ♯dim7でした。

“今夜君は僕のもの”の部分の和音は|Ⅱm→Ⅲm|Ⅴ#dim7→Ⅰ|といった感じだと思います。Ⅴ#dim7は、構成音としては根音を省略した属和音の♭9といった感じ。でもなかなか♭9を低音位に置くのは考えにくい。ⅴ♯が低音位にいると、Ⅵmに進行する属和音だと一瞬思います。ところが、Ⅵmではなく主和音のⅠへ行く。この意外さがあります。ⅥmもⅠも、どちらもトニック。だから、理論的な理解を完全に素通りしているわけではありません。わかるといえばわかる。けど思いつかないし、感覚で自然にやることもなかなかない進行ではないでしょうか。

歌詞をみるにラブソングですが、無機質な印象。“今夜君は僕のもの”と、スゴくグイっと行くせりふを言っているのに、どこか神目線なのです。言葉が「意味」ではなく、「意味」を超越したものを伝えている趣向を感じます。歌詞を含め、どこまでも音楽なのです。

最後のラインなんて“いつまでも愛してる 今夜君は僕のもの”ですよ?! 歯が浮くようなせりふ……とも思えます。それでいて、意味がノイズレスに伝わってくる。言葉についた手垢や穢れを超音波振動でふるい落とし、新年を迎えてやって来たかのようです。意味のむこうにある本質が光ります。初日の出のような潔白なご来光です。

青沼詩郎

大滝詠一 ソニーミュージック・公式サイトへのリンク

大滝詠一のシングル『幸せな結末』(1997)

『幸せな結末』を収録した大滝詠一の『Best Always』(2014)

『君は天然色』ほかを収録した大滝詠一のアルバム『A LONG VACATION 40th Anniversary Edition』(2021)

ご笑覧ください 拙演