亜麻色の髪の乙女』を私は2002年の島谷ひとみによるカバーで知りました。シャンプーのCMにつかわれていましたね。

ウクレレのような軽やかな撥弦楽器の音色に乗せたイントロを経て0:54頃〜4つ打ちのキックに乗った伸びやかなエレキギターの音。私はこれに、小〜中学生の頃に好んで聴いていたL’Arc〜en〜Cielの曲『NEO UNIVERSE』を思い出します。いずれも爽やかで開放感・清涼感のあるサウンドです。

島谷ひとみの話に戻って、2002年時はカバーだと知って「へぇ」と思いつつも、オリジナルは誰で作曲者は誰で……と辿って求めるほど熱心ではありませんでした。

これを最初に歌ったのはヴィレッジ・シンガーズ

https://youtu.be/Mxpzwab5dnU

こちらの映像は2002年の島谷ひとみによるカバーのヒットをきっかけに、グループが再び動き出した頃のもののようです。複弦の音像が印象的な赤いギターは名器、リッケンバッカーでしょうか。間奏に入る字幕でヴィレッジ・シンガーズメンバーのこの頃の動向がわかります。

彼らによる1968年のシングルがこの曲の最初のリリースですが、それ以前(1966年)に青山ミチによって録音され、『風吹く丘で』という題で発売を控えていたそうです。なのに、事情があって出せなくなったんだそう。『亜麻色の髪の乙女』というのは改題なのですね。クロード・ドビュッシーの前奏曲集第1巻に同一の邦題をもつ曲(『La fille aux cheveux de lin』)があります。ピアノソロのこちらは静謐で美しいイントロに聴き覚えのある人も多いかもしれません。

元の『亜麻色の髪の乙女』のネーミングの話に戻って、歌詞中の印象的な語句を標題に持ってきたようです。『風吹く丘で』ですと、主たる被写体よりも舞台・情景に主眼があり、抽象度が高いです。『亜麻色の髪の乙女』ですと、ずばりメインキャストを言い得ていて、主体性や能動を強く感じます。“亜麻色” の “” の “乙女” と、3語を「」でつないでいて(『風の谷のナウシカ』みたいですね…関係ないですが)、それぞれが印象(言葉が想起させる視覚、あるいは単に発音面での)のアクセントになっています。

曲について すぎやまこういち

私が島谷ひとみのカバー以来、久しぶりにこの曲と巡り合ったのは、歌本をぱらぱらめくっていて目にとまったからでした。作曲者をみると、すぎやまこういち。なんと、彼でしたか! このとき初めて知りました。

すぎやまこういちといえば、ゲーム音楽。ドラゴンクエストシリーズが超有名ですが、私が思い出深いのは風来のシレン。スーパーファミコンのソフトで、友人の家にお邪魔して一緒にプレイ(シングルプレイですが交代交代で)した記憶があります。私はスーパーファミコンを持っていなかったので、自前ではゲームボーイ版でプレイしました。人生で最もプレイしたゲームソフトのひとつです。ナナメ移動、よく失敗したなぁ…。

話を戻しますと、風来のシレンフーシレとよく略しました)の音楽がすぎやまこういち。ゲームボーイの単調な音色で聴いても「風流」を感じたり、場面に合った緊張感を覚えたり…これってすごいことです。曲の良さにほかなりません。<歌い手の声質が…演奏の機微が…歌詞が…音の解像度が…>こうした要素はゲームボーイやスーパーファミコンのスペックでは頼れません。くどいようですが、より多くのことを単純化される作曲のみの妙技によって表現しているのです。

2002年に島谷ひとみが息吹を込めて再ヒットさせた『亜麻色の髪の乙女』。この作曲者も、すぎやまこういちだったとは。

亜麻色の髪の乙女

Cメロ譜(コード・メロディ譜)をみると、やはりその面(ツラ、おもて)が「きれい」だと思うのです。

同型リズムの反復。これを、音程を変化させ展開しています。歌い出しの“亜麻色の”。♪タタタタタ〜というリズム形が“長い髪を”…と続いていくのがおわかりいただけるでしょうか。

ヴィレッジ・シンガーズ、島谷ひとみがパフォーマンスしているDメージャー調(両者の歌はオクターブ違い)でいいますと、「ラ」を天井に、徐々に吊り下げ高度を広げていくような音形です。「ラ・ラ・ラ・ファ♯・ファ♯」→「ラ・ラ・ラ・ミ・ミ・ミ」→「ラ・ラ・ラ・レー・ミ・ソ・ファ♯・ミ・レ」→「ド♯」と、天井を感じさせつつ下限を更新していく様子をおわかりいただけたでしょうか。なんてきれいな音形…と私は感嘆します。

これに続く音形がまたきれい。

“乙女は胸に白い” のところにご注視(耳)ください。“乙女(ファ♯・ファ♯・ファ♯)”でさっきの「ラ」よりも天井を下げて、次いで“は胸に白い(シード♯ レーミファ♯ーソラー)” で完全な順次進行(となり合った音への移ろい)。かと思えば、“花束を(ミミシーシーラー)” でハっとさせる跳躍(1つ以上の音名を飛び越えた音の移ろい)。この<定型リズムの反復→それまでと違うパターン><順次→跳躍>といった緩急の采配を、美しいと思います。聴いて美しい、譜面で見ても美しい。

採譜例。私の乱筆には目をつむってください…。

Bメロ“バラ色のほほえみ(シラソラシーソソラーシー)”も、音形の谷や山がきれいです。これを反復しつつ、シ(バラ色…)→ラ(青い空…)→ソ(幸せな…)と1音ずつ順次でフレーズ頭を下げて、“よりそう(ファ♯ シ ファ♯ ラー)” の跳躍進行で秩序を破る(ああ、美しい)。そしてAメロ相似パートに戻ります。

歌詞について

歌詞サイト(歌ネット)へのリンク

花束を胸に、歌いながら、風にやさしくつつまれた亜麻色の髪をした恋する乙女が(まるで羽根のような可憐さで)丘をくだって恋人のもとへむかっていく。…しまった、歌詞に含まれる情景をこの一文でほとんど言い切ってしまった……いえ、そんなはずはないし、これではあまりに強引で、わびもさびもありません。歌詞に失礼なことを申しました。

場面が展開しないといいますか、ワンカットの映像で表現できそうな歌詞ですが、それゆえに余白があり、聴く人の想像によって着彩したり、文脈を想像で膨らませられる情景と言えそうです。

Bメロを汲み取りましょう。

“バラ色のほほえみ 青い空 幸せな二人はよりそう”(『亜麻色の髪の乙女』より、作詞:橋本淳 作曲:すぎやまこういち)

“バラ色のほほえみ” とは、“彼” のことでしょうか。あるいは、二人のものか。無事、会えたのでしょう。良かったです。いやぁ、何より。…ここには邪魔者もなければ修羅場もありません。片想いも略奪愛も失恋もないのです……平和すぎて泣けそうです。 もちろん、その裏側を想像するのも自由ですが。

私の知っているものでいいますと、乳幼児向けの絵本のようです。ほとんど、何も起こらない。ただただ、場面があって、そこに主役(被写体)がいる。そこで、ひとつやふたつ、キャストが行動するかもしれませんが、それで場面が劇的に転じたりしません。起承転結でなく、起承承承みたいな感じ。それを、第三者目線で客観しているのです。

彼にあいにいく→彼にあえた。

ほぼ、2カットでしょうか。コンパクトなのに、まるで永遠のようです。

ドロドロした転落や復縁、出会いや別れなど、何かしら人生にはあります。ですが、『亜麻色の髪の乙女』には描かれていません。ごく一瞬の幸福のハイライト。1〜2枚の写真なのです。描かれていないが故に、当然存在するであろう前後を想像させる。実は、そんな壮大な曲想でもあるのです。ヒットの大きさが物語っているかもしれません。

ふと気になったのですが、 “花束” とはなんでしょうか。歌詞の冒頭付近で乙女が手にしています。これから会いに行く彼に、彼女から花を渡すのでしょうか? もちろん、花が好きな彼でも良いのですけれど、もし彼が彼女に渡したものだったとしたら、この歌は、2人が会ってからまた今度ねと別れた後のシーンから始まっている……という想像も一興かもしれません。

あるいは、彼はもう亡くなっていて、彼女は墓参りに花を手向けに行くところだったらどうでしょう……Bメロの幸福は回想だと思ってみることにします。新しい恋の報告を、かつてお付き合いした彼の元へ。今の私は幸せです、心配しないでね、などといった感じで……ちょっとドラマが込み入ってくるでしょうか。人生、無難に行くことばかりではないはずです。

シンプルなものは、ユーザーがそれぞれに価値を付加したり発展させたりして、楽しみ方をアレンジしやすいものです。曲中の描写を絞ることも、ユーザー側で広がりを持つ作品を生み出すソングライティングのやり方のひとつかもしれません。

青沼詩郎

ヴィレッジ・シンガーズ 公式サイトへのリンク

島谷ひとみ 公式サイトへのリンク

すぎやまこういち 公式サイトへのリンク

『亜麻色の髪の乙女』を収録した『GOLDEN☆BEST/ヴィレッジ・シンガーズ』。

島谷ひとみによるカバー『亜麻色の髪の乙女』を収録した『15th Anniversary SUPER BEST』(2013)。

すぎやまこういち氏が音楽を担当したゲームボーイソフト『不思議のダンジョン 風来のシレンGB 月影村の怪物』(1996)。私が遊び倒した数少ないゲームソフトのひとつ。孤独な流れ者を思わせる音楽が妙。

ご笑覧ください 拙演