リスニングメモ
松田聖子さんを象徴する傑作。誰がこの歌を歌っても、松田聖子さん本人の存在と切り離しえない、The・ご本人の歌に思えます。
もちろん原曲を知らない人(特にそういう世代の人)が、他の人の演奏で初めてこの楽曲を知った場合、一聴に伴って必ずしも松田聖子さんの存在を想起するかといえばそれはもはや(知ってしまった)私にはわかりかねますが……
アーティスト本人が、自分が歌うために自分で作った歌……としての傑作にも、「ご本人の存在を象徴する傑作」「楽曲と強くつながっていて、その楽曲を思い出せばそのシンガーソングライターご本人を同時に思い出す」といったものは数多あると思います。
ある意味、職業作家さんが書いた歌が、これほどまでに歌手ご本人と強く接着したことは、「成功」の中でも「大成功」と称賛すべきでしょう。
あまりにも尊く松田聖子さんの圧倒的な存在感を示しすぎるので、私はこの楽曲を改めてスピーカーの前で目を閉じて集中して聴くことに躊躇していました。……が、愚かでした。もっと早く聴き直すべきだった……編曲がお手本のように素晴らしいのです。
左でエレキギター、右でアコースティックギター。Aメロでのアコギの緊張感ある和音づかいを含めたアルペジオプレイが流麗で技量を感じます。
間奏でかけあう高音部のストリングスとチェロパートが雄弁。ボーカルへのオブリガードもブリブリと機敏に動き、松田さんの闊達なキャラクターの表現を増長します。
イントロ、メロが始まる前の低音保続はワクワク感のお手本。これからはじまる:「予感」の表現です。ピアノの低音がグルーヴィ。心臓がバクバクいいそうです。
サビに入る前や折り返しではホワイトノイズのような「しゅわー……」という長い音が左から右へ抜けていきます。波飛沫、海などのモチーフ、風景描写だと思える爽快感のある効果音です。シンセサイザーで生じさせた音でしょうか。
ドラムスのスネアのサウンドがマイルドなのに「ダツッ」と存在感あるアクセント。かつ周りを邪魔せず嵌っています。すこぶる気持ち良い。ラテン・パーカスは天界で踊る使者のよう。
松田聖子さんの歌は伸びる伸びる。伸びすぎるので編集で抑えて全体の塩梅をコントロールするか?というくらいにはつらつとした若さを体現します。ただ青く拙いだけの若さとは程遠い、「完成された若さ」というのも矛盾するかもしれませんが他になんと称えて良いのか惑う魔力の歌声です。歳をとらない、若い姿をした魔女。サビの伸びと対になる、メロのしおらしさ。ダイナミクスの幅が嫌でも振り向かせる。どうしたの? と声をかけずにいられる人がまともじゃなく思えるほどです。
“あゝ”で始まる、「これぞ」なサビ。和音の進行は案外シンプルですが♭Ⅶのような気の利いたドラマがあります。「シンプル」に思わせて実際は細部〜広部の意匠を積み重ねる塩梅がフォロワーを生み続けるのでしょう。
松田さんご本人によるものか、バックグラウンドボーカルの合いの手の入れ方が、主役を引き立てる役割の面でストリングスと双璧をなす構図を思わせます。朗々と字ハモしたり、「uh」系の儚さよ。
歌詞のピックアップ
“涙がこぼれるの やさしい目をして見ないで うつ向き加減のLittle Rose 花びら触れて欲しいの”(『青い珊瑚礁』より、作詞:三浦徳子)
英語句が混じるアクセント。女性を花に喩えるのは古今東西で輪廻する詩作あるあるでしょうが、あらためてこの歌声、時空を超越しかねん魔女・松田聖子さんによる“花びら触れて欲しいの”はクリティカルで衝撃のキラーワード。正気でいられません。駄目です、凡人じゃ触れられません……“やさしい目をして見ないで”を主人公に言わしめるのはどんな不世出の好青年なのか。そんな「二人」をやさしい目で外から見守ることですら憚られます。眩しくって、尊すぎ。
青沼詩郎
参考Wikipedia>SQUALL (松田聖子のアルバム)
『青い珊瑚礁』を収録した松田聖子のアルバム『SQUALL』(オリジナル発売年:1980)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『青い珊瑚礁(松田聖子の曲)ウクレレ弾き語りとハーモニカ』)