まえがき のりもの神曲に寄せるリクエスト

Tokyo FMのラジオ番組、Blue Oceanが『2秒でアガる!神曲ウィーク』と称して募ったリクエストが私の頭に、お題に沿ったさまざまな楽曲を立ち上がらせました。

お題のひとつが「のりもの神曲」。のりものをモチーフや主題にした作品です。

JUDY AND MARY『自転車』、THE BOOM『中央線』、くるり『赤い電車』、PUFFY『サーキットの娘』、hide with Spread Beaver『ROCKET DIVE』、The Beatles『Yellow Submarine』、 Red Hot Chili Peppers『Aeroplane』、馬も軽車両(道路交通法)だしソルティ・シュガー『走れコウタロー』(なんなら“マキバオー”)、筋斗雲がのりものなら高橋洋樹『魔訶不思議アドベンチャー!』、あるいは地球を乗り物に見立てて良いなら……いかん、きりがない……。

肩車ものりもの?

一番最初に思いついた、私が一番好きなのりものを題材にした世界的に有名なバンドの楽曲を聴き直してみることにしました。

乗り物で想像したとき真っ先に私のスロットが止まる神曲はQUEEN『Bicycle Race』です。自転車は私にとって最も身近な乗り物で、幸か不幸か人生で継続的な通勤に用いたことのある唯一の乗り物が自転車です。

ちょっと遠出するのに用いるのも好きで、片道1時間ほどを要する普段あまり行かない街へ地続きの景色を楽しみながら自転車で行くのも脳にドバドバ酸素が回り、ペダルを漕ぎながら空想が捗ります。

QUEENのシンプルなバンド編成を基調にしたフックに満ちたトリッキーな演奏、分厚く鋭いコーラスや多様な音づくりの面での演出の妙味にも、改めて聴くほどに気づかされます。

乗り物には効率的な移動の手段としての側面もありますが、乗ること自体の楽しみも大きいものです。真っ先に思い浮かぶありふれた手段は一周回ってからがより深く、細かいディティールに気づく出発点に思えます。

by わびさび見習い Blue Ocean(Tokyo FM) 2秒でアガる!神曲ウィーク:のりもの神曲に寄せて送ったメッセージ

QUEEN『Bicycle Race』を聴く

QUEEN『Bicycle Race』。1978年のシングル、アルバム『Jazz』に収録。作詞・作曲:Freddie Mercury。

QUEENの楽曲でひと際有名な『Bohemian Rhapsody』も声からはじまりますね。彼らのお得意パターンでしょうか。“Bicycle”を連呼するバックグラウンド・ボーカル。「歌はじまり」といいますか、冒頭から主たるモチーフを唱えます。このコーラスワークと、メイン・ボーカルが“I want to ride my bicycle”を颯爽とした声で唱える部分が記憶の大部分を占めるのですが、聴いていくと曲調は非常に多動な印象でころころと表情を変えます。

めまぐるしく、情報の起伏に満ちているのですが、基本はピアノとボーカル、ギター、ベース、ドラムスとメンバー4人で演奏可能なパートが占めています。バンド形態のアーティストですから当然のことかもしれませんが、各パートの演奏するモチーフが妥協的に“伴奏にまわる”ことなく、多様にせめぎあいます。輪行する主人公と難易度の高い険しいコース展開を思わせますし、バンドメンバー各々が、己と闘う競技者のようでもあります。刻々と状況が変化するロードレースの道中、単純な運動に意識を集中させたり、刻々と移ろい展開する景色、それらのもたらす解放感・爽快感の振れ幅を思わせます。

シンプルな楽器編成ですが、QUEENの例によってバッキング・ボーカルが分厚くエネルギッシュで生命感に溢れています。エレキギターのトーンもメリハリがあり、マッチョでパワフルな厚みのあるサウンドで局所を印象づけ、サスティンやロングトーン。音数を見せたかと思えば余白を活かす風通しの良さ。揺さぶります。

メインボーカルがキーワード“bicycle”を朗唱し、音程が上がる瞬間にウェットさを増すなど、残響処理が細やかです。シンプルな編成とトリッキーな演奏を基調に声・演奏の厚み、ミックス面での積極的な演出。ステレオトラックの端から端までをこれほど躍動させるバンド、これぞQUEENと思わせます。

“乗り物”をキーワードにして一番乗りに思いつくのがQUEENの『Bicycle Race』でした。記憶に圧倒的な印象を残す理由ですが、繰り返して聴くほどに楽曲を築く一つひとつの要素の緻密さ、声や演奏の絢爛さに気づきます。

中間部で乱れ散るように鳴らされる自転車のベル。演奏やら構成・展開がトリッキーな印象ゆえ、直接的すぎるまでにBicycle(自転車)を表現する率直な演出がなおさら映えます。異なる音色の複数のベルの響きの重なりに、一瞬瞑想の世界に引きずり込まれそうです。12半音階の秩序つゆ知らず、ベルのありのままのトーンが輪行者の群像を描きます。自転車もオケになるのですね。

ボーカルの音程上行とドラムスのライドシンバルのショットでぽつねんと去ってしまうエンディングがまた彼ららしい裏切りの意匠に思えます。QUEENの奇天烈でヘンテコで、ぼーっとしている奴をびっくらこかそう、世界をひっくり返してやろう、目から出た鱗で海をつくろとしているのではないかと思わせる発想、表現が好きです。

青沼詩郎

参考Wikipedia>バイシクル・レース

『Bicycle Race』を収録したQUEENのアルバム『Jazz』(1978)