“最後の雲が行く”上方向の目線

楽園としつつもパラダイスと歌の中で読んでいます。アルバム『IN AND OUT』収録曲です。芸名がかまやつひろしからムッシュかまやつに変わって以降の時期の作品のようでしょうか。

作詞者が西脇唯さん。ドラえもんの5代目エンディングテーマ『あしたも♡ともだち』の作詞作曲実演を担当された方です。

理屈で頭をひねって出てくるものでなく青く澄んだ歌詞。音楽が導く景色に率直に誘われた言葉でしょうか。「永遠は遠い」とエンディング付近で歌っています。歌詞における重複はオーケー。永遠にそもそも「遠い」という観念は含まれていると思いますが、それでいいんです。楽曲から余計な汚れを排除できるからです。なんなら同一の観念のリフレインでできているのがもっとも原始的な音楽だとおもいます。その反復のなかに、肉体や精神の変化が乗ってくるもの。やっぱり究極、音楽は楽譜の上にあるのでもデスクトップや円盤の上にあるのでもなく、ユーザーでリスナーで体現者である私たちの肉体のうえにあるものだと思います。

カントリーウエスタンのソロ歌手、グループサウンズのスパイダースのメンバー、吉田拓郎さんとのコラボ、『ゴロワーズを吸ったことがあるかい』に象徴されるクールでホットなファンクサウンド……にかまやつさんのいろんな時代における多様な軌跡や振れ幅がありますが、この時代特有のかつんとした明瞭なオケ(バンド)のサウンドにのって、根無し草のかまやつさんらしい歌声が浮遊します。「ああ ひとみのなか 泳ぐように 最後の雲が行く」後半からエンディングに向かう部分を象徴するこのラインがムッシュのポリシー、生き方、思想信条をそのまま象徴しています。最後の雲が行く、との上方向の目線を仕掛ける歌詞の部分で、メロディも音階の主音(ⅰ)の音程に向かって上行音形で解決と上下、緊張の緩和がなされているところが美しい。そしてⅣ♯m7♭5の内蔵がすぼまる響きのコードを頭に配置したサビにつながり、最後に「永遠は遠いね」と添えてフェイドアウトのエンディングを渡っていきます。

BLUEでできた僕たちの楽園。この結論がすべてを物語ります。

BLUEでできた僕たちの楽園 かまやつひろし 曲の名義、発表の概要

作詞:西脇唯、作曲:かまやつひろし。かまやつひろし(ムッシュかまやつ)のシングル『すてきな僕ら/BLUEでできた僕たちの楽園』、アルバム『IN AND OUT』(1990)に収録。

かまやつひろし BLUEでできた僕たちの楽園(アルバム『IN AND OUT』収録)を聴く

ジャケット絵とデザインがかっこいい。

サウンドが明瞭です。ハイハットのツ。というキレ。エレキギターのリズムもピタ!っと止まります。あるいはコーラスで輪郭に綾をまとわせたようなアルペジオサウンドが漂います。キックも明瞭で、ベースのやわらかく落ち着きのある質量が包みこみます。

これにキラキラ輝きをまとう時代相応のシンセ鍵盤で演奏するようなミュージックチャイムみたいなエレクトリックピアノみたいな音がくねくねと響きを描きこみます。また間奏をリードしたり、オブリガードやカウンターでささやかに漂う、口笛系のエアリードを模したような音色もカドがまるくぴゅるぴゅると純朴でやさしい耳あたりを実現します。

サビのところのコード進行がハーフディミッシュや副次調ドミナントセブンス、Ⅳマイナーなどマーブル模様のように、どこをとっても唯一無二みたいな、それでいてどこまでも境界や違いが存在しないみたいな無限の色味をまとっています。BLUEを主題にしており澄んだ青をイメージさせる先入観の誘導はもちろんあるのですが、それでいてこのめまぐるしく豊かなサビの響きは心が苦しくなるくらいに純朴です。だからこそ僕らは雲のように根無草でいなくちゃいけない。自由でいるために根無草でいるのか。根無草だから自由でいられるのか。理屈が先か、理想が先か。雲が先か空が先か。かえるが先かおたまじゃくしが……まぁどうでもいいじゃないか。

今日もどこかの空にムッシュがいる。そう思える悲哀ときらめきをくれます。

戦闘妖精・雪風のテーマソングにムッシュが歌った『RTB』というカッコイイ曲があります。そのへんの時代のムッシュ関連サウンドを連想させるムッシュの歌声がはかなくて、かろやかです。

青沼詩郎

参考Wikipedia>かまやつひろし

Monsieur Kamayatsu Forever | ムッシュかまやつWEB記念館へのリンク

『BLUEでできた僕たちの楽園』を収録したかまやつひろし(ムッシュかまやつ)のアルバム『IN AND OUT』(1990)