“広い宇宙の……”という、いきなりボーカルから始まるイントロを多くの人が一度は耳にしているのではないでしょうか。シンプルで実直な歌とバンドサウンドが好感のMONGOL800『小さな恋のうた』。

曲の名義、発表の概要について

MONGOL800のアルバム『Message』(2001)に収録されています。作詞:上江洌 清作、作曲:MONGOL800。

MONGOL800『小さな恋のうた』を聴く

編成はシンプルなスリーピースバンド。ボーカルの上江洌 清作(うえず・きよさく)がベースと兼任です。ギター・ボーカル 儀間 崇(ぎま・たかし)、ドラムス・ボーカル 髙里 悟(たかざと・さとし)。

「♪広い宇宙の……」という歌い出しのところ、ギターのブリッジミュートによるオープン・クローズを交えたエイト・ビートのダウン・ピッキングです。1拍目をオープン、2拍目以降をクローズドの8分音符で埋めます。忙しい! イントロから進み、ドラムスのフィルなどとともにベース、アナザーギターが入ってきてピックグリス。

ドラムスは1小節に4回シンバル類を叩き、キック・スネアは「ドッ・タッ・ドド・タッ」というパターンですが、ヒラウタやCメロなどでハーフテンポにする部分をつくってスピードに起伏をつけています。ピッチ高めなチューンのスネアが曲の軽快な印象に与します。

ベースはピック弾きのサウンドです。1拍目を伸ばし、2拍目以降をオルタネイトの8分音符でグリグリと刻むパターン。ギターとシンクロして進み、ビートに爽快感をもたらします。

こういうシンプルな押し出しの強さと軽快さを備えたサウンドの特長、歌詞の平たさ・ボーカルメロディの響きの良さ・ベースとの協和がモンパチ含めある時期のジャパニーズ・パンクの魅力で、たいへん流行した一因かなと推察します。

ボーカルも楽器も徹底してドライな音。残響づけは感じません。タイトな締まりのあるバンドの音。演奏と歌の魅力を余すことなく伝えるために、彼らは余計な演出を必要としなかったのでしょう。良い素材と熱。料理に通ずるものを感じます。

サイドボーカルパートはメインの下、メインの上、ところによりユニゾンと自由にポジションを移ろってたちまわります(このサイドボーカルアレンジを含め、コピバンたちに愛好されていた記憶があります)。

曲はBキー。バンドの竿物(ギター・ベース)を半音下げチューニングにすればCのポジションで解釈が平易になります。

ボーカルの音域

ボーカルの音域が広いです。高いほうの上限はG#。並外れた高さではありませんが、たとえば70年代前後くらいの作曲家たちによる男声を想定した歌謡曲の仕事に見出すには稀な高さです(当時の作品にも高い声域のものはもちろんありますが)。このあたりはシンガーソングライターやバンドが、自らが歌う曲を自ら作ったヒット曲が増え、使用声域は時代と共に混沌としていきます。ポップスの時代による移ろいを考える際に目立ってくる要素のひとつでもあります。

高いには高いがありえないほどではない上限のG#ですが、下の方に一気に使用音域を広げている部分があります。それはBメロ冒頭付近で、歌詞でいうと「♪響くは遠く」(1番)、「♪それでも足りず」(2番)のあたりです。1番なら「響く」の「」。2番なら「それで」の「」です。これが、下のF#だと思います。声域の下限を攻めたギリギリの響きで音の長さも一瞬ですが、私にはF#に聴こえます。この下限のF#を含めて使用音域を上のG#まで眺望しますと、その距離(音域)は2オクターブと長2度にわたります。

MONGOL800『小さな恋のうた』メインボーカル使用声域

一瞬のF#(4分音符1個ぶんの長さ)に目をつぶれば、主たる声域は下に完全4度ぶん必要がなくなり、B〜オクターブ上のG#で距離は1オクターブ+長6度。平凡の範囲内といっていいでしょう。それでもやや広めかもしれません。

ボーカルのカブり

1サビが終わって次のメロに入るとき、大胆にサビのおしりと次のヒラウタの入りをカブらせています。「響け恋の歌(サビ)」と「あなたは気づく(2番メロ)」ががっつり重なっているのです。ボーカルののりしろ(余白)ゼロどころか食い合っています。

こうした局面でよくある録音手法は、おなじボーカリストがトラックを分けて別録りして重ねてしまうこと。モンパチはそれをしていません。声が変わっていますよね? メンバー(ギタリストか)がフォローして歌っているのだと思います。私はレコーディングにおいてもライブで演奏可能なアレンジメントを尊重する姿勢を評価する気質なので、モンパチのこうした表現を支持します。イイね。

編曲の知恵でのりしろを設けてしまう、たとえばヒラウタの入りを次の小節からに遅らせてしまう、もしくは2/4の変拍子を1小節挿入するというのも手だったと思います。でもそれをしなかった。おかげで間断ない視点の移動(クロス)が実現しました。

これほどの音節数でメロディが食い合うシーンはなかなか類をみません。前の単語のおしりに次のフレーズの語頭が重なるのを同一の歌手が別録りする程度のケースはポップスに頻出しますが、ここでは「恋の歌」の「歌」と「あなたは気づく」の「あなた」と、1単語ほぼまるカブリしています。

パンクロック的なスタイルを多少なりとも持つジャンルの音楽は、表現は気が短いほどに吉と出ることがあると思います。MONGOL800の『小さな恋のうた』はジャパニーズ・ポップスに滲み出たパンクロックなのかもしれません。でも、歌の内容の本質はポップスだと私は思います。心をまっすぐに伝えるのに、パンク的アプローチ(スタイル、様式)が功を奏した好事例。『小さな恋のうた』に限らず、モンパチレパートリーの魅力の一面かもしれません。

テンポのゆれ

そもそも快活なテンポですが、『小さな恋のうた』はエンディングに向かって徐々にテンポが加速していきます。オープニングは四分音符毎分(BPM)=215くらいですが、エンディングの音を止める瞬間にはおよそ240に達しているように思います。局所でぜんぜんテンポが違うのです。

バンドでせーので演奏と歌をそのまま録音している(一発録り)ノリが出ています。テンポはバンドが決めるから、クリック(メトロノーム)なんて聴く必要ないのです。こうした表現の指向性もたいへん私の評価するところです。自分たちの歌のテンポをメトロノームなんかに支配させる必要がどこにある?

きれいにフォーマットが整ったものをやりとりするのが商業音楽の常識であるとする無意識がまかり通り過ぎだと私は思っています。確かにそのほうが複数の職人の間で作業がしやすい。ですが、もっと表現には幅があって良いし、その幅が商業音楽の無意識にもっと滲み出てほしい。より多く、表現に幅のあるアーティストが商業音楽の内外で今よりもっと活躍することが私の望む未来です。

モンパチの振れ幅は好例のひとつでしかなく、バンドの録音においては「イッパツ録り」は定番です。クリックを用いないのも別に珍しいことではないでしょう。それでもポップスの潮流の中心をやや外れる表現かもしれません。ロックのアイデンティティにはそもそも逸脱が含まれていると私は思います。私の思うMONGOL800はポップかつロックです。

個人的には、シンガーソングライターなどの重ね録り作品においても、もっとクリックからの解放が尊重されても良いんじゃないかと思っています。ラブリーサマーちゃんのツイートによれば、プリンスはクリック不使用でドラムマシンを手打ちで「演奏」していたとのこと。

これを解釈するに、クリックにテンポを決めさせるのでなく、自分で基礎を敷いたということだと思います。またコメント欄にこんな記事も。

小室哲哉氏もドラムマシンを手打ちで演奏したものを採用するようです。彼の場合は機械的に正確なテンポですでに録音してあるトラックに重ねて、手入力の演奏によるドラムマシンの音を吹き込んでそれを採用する、クオンタイズ(タイミングの修正)もしない、ということかもしれません。クリックは用いるが、サンプリング音(打ち込みの音)であっても自分の手で演奏したもの(リアルタイム入力)を採用する、という意味だと思います。

クオンタイズは「演奏」の振れ幅を削いでしまう諸刃の剣なのかもしれません。もちろん、その幅の中で何が好ましいものかどうかは表現者の責任で常に精査すべきでしょう。

後記

MONGOL800の『小さな恋のうた』を聴いて思うところを書いてみたら、録音の手法やポリシーのほうに話が向かいました。書きながら真実が立ち現れる(焦点が本質に合ってくる)のは私の望むところです。思考のきっかけをくれたのは、紛れもなくMONGOL800。『小さな恋のうた』それ自体からは多少逸れたかもしれませんが、私が表現において尊重したいテーマと向き合うことができました。

MONGOL800のありのままの音が全国区になった事例は私としても感激するエピソードです。良いものはきちんと伝わる・売れる・評価される……すべての作品や作者がその機会に恵まれるとは限らないのが運や条件のめぐり合わせかもしれませんが、希望を感じる話でもあります。

『小さな恋のうた』は私が高校生くらいのときにヒットしていましたが、当時の私はあんまりモンパチを熱心に聴いたほうではありませんでした。弾き語りのうまい友達がいて、モンパチの『琉球愛歌』を歌って聴かせてもらったり一緒に公園で弾き語って遊んだりした思い出があります。私のモンパチの記憶はその程度でしたが、今回改めて1曲じっくり鑑賞したらたいへん良かった。音楽にのぞむ態度・ポリシーへの思考のきっかけをくれました。

私はライブやフェスなどに熱心に行く人間でもなかったのですが、今後どこかでMONGOL800の活躍に巡り会えたらいいなと思います。

青沼詩郎

ライブの映像

動画投稿サイトでみつけたライブ映像。

ベースボーカルの歌とオルタネイトピッキングに無駄がまったくありません。まるでしっとりと三線を弾きながら歌っているかのような姿勢の落ち着きと安定感。ドラムスも無駄なく軽快なテンポを叩いていますがパワーを出すところは出していてダイナミクスレンジがあります。ギタリストが一番熱量がありますね。2番の歌い出しが直前のサビに重なるところのボーカルはやはりギタリストの儀間さんでした。

MONGOL800 公式サイトへのリンク

『小さな恋のうた』を収録したMONGOL800のアルバム『Message』(2001)

ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『小さな恋のうた ウクレレ弾き語り』)