まえがき エンディング曲『海になれたら』を導入に
坂本洋子さんが歌った『海になれたら』。この楽曲を某日某所のラジオのオンエアで知りました。楽曲の存在を認知してからだいぶ経ち、この本文の執筆時は7月末です。いよいよ8月を迎えた頃合いに、ジブリ作品の主題歌(エンディングテーマ)になった楽曲をあらためて聴いてみるのも夏休みっぽくて風流です。主題の作品名は『海がきこえる』ですし、ネット検索したあらすじの面でもなんだか開放的な季節……夏との相性が良いように思います。そして楽曲『海になれたら』を鑑賞してみた手前、浮かび上がった思いがあります。
『海になれたら』作詞は監督の望月智充さん。作曲は本作劇伴音楽担当の永田茂さん。
・歌唱がまっすぐで儚くて純白な印象
・シンセで演奏したのか、現実の生楽器には代えがたい特徴的な音が入っている
・歌詞の内容がどこか遠くて儚い。回顧と決別、未来の眺望の重ね合わせを感じる
上記のような感想を楽曲『海になれたら』に私は持ちました。
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さて、当の主題となった作品、長編アニメ『海がきこえる』(1993)を私は未鑑賞でした。楽曲がサブスクで手軽に聴けたので先に楽曲から入ったわけですが、いよいよ本題の長編アニメ『海がきこえる』のほうも見てみたい。動機が満ちました。
『海がきこえる』は有料のサービスも含めて配信形式では視聴できないようです。つまり円盤を購入したりレンタルしたりするのが現在この作品にアクセスする公式の方法のようです。私もそうしました。
長編アニメ『海がきこえる』のエンディングテーマの『海になれたら』を歌ったのは、劇中に登場するヒロイン、武藤里伽子役を演じた坂本洋子さんです。主人公は杜崎拓、男子高校生。こんなことも鑑賞してから知りました。
鑑賞してみた 長編アニメ『海がきこえる』に寄せる観察、気になったこと
・ヒロインの人物造形
・舞台:現実の街、登場人物らのライフステージの進歩とオチ(結末)
上記についてを中心に書いていきます。ここから先はネタバレを含みますので作品を未鑑賞の方はご注意ください。
ヒロイン里伽子の人物造形
あらすじ
良い意味でも悪い意味でも、宮崎駿監督が描くヒロイン像とはまるで違います。本作の監督は望月智充さん。制作はスタジオジブリ若手制作集団です。本作について検索していて見知ったことによると、ミヤさん(宮崎駿監督)はこうあるべきを描く。「こうある」ではなく「こうあるべき」を描くんだそうです。ちなみに本作『海がきこえる』原作は氷室冴子さんによる同名小説。
ヒロインの武藤里伽子(以下、里伽子)に私が抱く第一印象は、無茶苦茶な奴。親睦のまだ浅いと思われる間柄の主人公:杜崎拓(以下、拓)と接して、序盤でいきなり何を請うのかと思えば金を貸せ、です。こいつまじか。
修学旅行先のハワイにみんなで来ていて(含む里伽子、拓、ほか同級生たち)、お金を紛失したと拓に言う里伽子。申し訳なさそうに可愛げをにじませて頼むとか、もう少し頼み方ってものがあるのでは……少し接しただけの拓に対して幻滅しただのそんな人だと思わなかっただの(うろ覚えなので具体的な表現は不正確です)、ずけずけと好き勝手で自己中心的な物言い。こいつ、まじか。これがジブリ作品のヒロイン、まじか(何度言う)。


結果、拓は里伽子にお金を貸してやります。6万円くらいだったか。バイトしている拓だとしても、大金でしょう。まだ親睦が深いのでもなさそうな薄い関係の同級生にいきなりお金を貸すんです。菩薩かよ。
話が進むと、お金を紛失したというのが嘘だったと明かされます。里伽子には、離婚してしまって離れてしまった父親に会いに行きたい、また一緒に暮らしたいという強い想いがあるようです。この動機が強いがために、まだ親交が浅そうな拓にも踏み入ったお願いができてしまうんだ、という説明がつく理屈になるようなのですが…(鑑賞者が納得するかは別ですが)。
踏み入ったお願い、つまり6万円くらいのお金が必要というのも、要は父親に会いに行くための旅費です。主人公たちの舞台は高知県。里伽子の父親がいるのは東京です。東京に行き父親に会いたい里伽子にはお金が必要。その目的のためには手段を選ばない。関係のまだ浅い相手にお金を出させることも里伽子にとっては些事なのです。この感覚に共感できるかどうか。私はこの作品を初めて鑑賞したくらいでは里伽子の人格には入りこめませんでした。
拓も拓です。簡単に踏み込む女に、簡単に協力してしまう。このアニメの見せるテンポにおいては、いくぶん私は置いていかれてしまって、拓にも共感できませんでした。
東京の父親に会いに行くのに、里伽子は級友の小浜祐実(以下、祐実)を巻き添え(連れ合い)にするつもりでした。祐実は空港まで行って里伽子と合流(あるいは同行?)しておきながら、予定の便までの待ち時間に里伽子のスキをみて、やっぱりできないと拓に電話をかけて泣きつきます。
どこまで都合のいい奴なんだか、祐実から電話を受けた拓は空港に飛んでいきます。空港に集った三人。拓は祐実のかわりに東京に里伽子と同行する決断をし、実行します。生理が重いといってなんだかトゲトゲした里伽子が印象的でした。


父親に会えた里伽子(と拓)。父親づてに、拓は里伽子に貸していたお金を返してもらえた様子。拓が東京に滞在するためのホテルも里伽子の父が工面してくれたようです。鑑賞者心理がホッとします。
拓は一人ホテルの自室に着いてやれやれやっと一息……と思ったら父親のところにいたはずの里伽子が拓のホテルの部屋を訪ねます。唐突に拓の胸に泣きつく里伽子。こいつまじか(心理的・肉体的な他人のパーソナルエリアへの踏み込みがすごい)。戸惑う拓。ですが拓はただちに引き剝がしたり押しのけたりまではしません(優しいなオイ)。突然部屋に転がり込んできて里伽子は拓の部屋に泊まるといいます。拓にコークハイを作らせて、がばがばあおる酒乱高校生里伽子。拓を包むはずだったベッドで里伽子はそのまま寝入ってしまいます。優しい拓はどうするのか見守っていると、里伽子に毛布をかけてやり、自分はバスタブで眠るようです。カタくて寝心地悪そう。




登場人物たちの高知での高校生活や中学時代の回想が本作の主たるシーンのまずひとつ。修学旅行先のハワイもちらっと出てきました。先に述べたように拓と里伽子、里伽子の父(と、わずかに掠る父親の新しいパートナー?)の東京シーンもあります。東京では里伽子は元ボーイフレンドと逢引。里伽子はその場に拓も呼びつけます。どういうつもりなのか。
やがて高校を卒業して、みんな大学生になるとかして居酒屋で同窓会をするシーンが描かれます。そこでは祐実のことを好きだったと語る山尾忠志。そこに当人の祐実も遅れて登場。へべれけの忠志。高校時代、里伽子を集団で責め立てた清水明子も当時を思い出して語りつつ、最近?里伽子に会って和解している?ような話を居酒屋で打ち明けます。



居酒屋のシーンはさておき。東京の吉祥寺らしき駅で、里伽子らしき人影を向こうのホームにみる拓。電車がよぎり車両が彼女らしき人影を隠す。自分がいるホームをかけおり、里伽子らしき影のあったホームにかけあがる拓。このシーンは、本作の冒頭にも伏線といいますか、予め描かれています。オープニングとエンディングに同じシーンを貼る構造ですね。




ホームで会えたらしい、大人びた里伽子と拓。それで、拓の好意がモノローグ的に(だったか)語られます。「好き」とか直接的な言葉で。この瞬間に私は「そうなるのかよ」と猛烈に心のなかでツッコミました。
惹かれ合う2人の物語
言われてみれば、もう最初から好きでもなけりゃそうはならないよと思うシーンに満ちているのが拓と里伽子の仲です。裏返していえば、パッと見とか第一印象とか外見、直感レベルでハナっから拓と里伽子は惹かれあっていたのだ、という仮説をもつと、本作の展開はすべてスムースに腹におちます。
なんで里伽子は、ただの同級生に請うにはあまりに非常識な大金を簡単に貸してなんて言えてしまうのか?
……好きだから(ひとまずそう仮説させてください)です。
自分の非常に個人的、私的、家庭の事情的な問題を理由に、まとまったお金が必要とのことを最初の時点では明かしませんが、そういう私的なことを動機にした資金調達に利用する対象として、著しく興味がない相手は選ばないはずです。たとえ金を貸した借りたのビジネス上の関係であろうと……。
拓もなんで簡単に大金をほいほい貸してしまうのか?
……好き(に最終的にたどりついてしまってもよし、と無意識下で直感する相手)だからです。
どうして級友(祐実)に電話で泣きつかれたくらいで簡単に空港に飛んでいくという勇猛な行動ができてしまうのか? そしてスピーディに東京についていくなどいう大きな動きを決断できてしまうのか?
……好きな相手が絡む事情であり、好きな相手の一大事そのものだからです。
高知から高校生の男女が二人きりで東京にいくという決断をしてしまえるなんて。その時点でお互いがお互いを、恋愛嗜好の面でどちらかといえば好ましいと思い合っているのでもなければ、遠ざける選択をするはずです。この相手となら距離が近くなってしまってもいいかなと思えている状態のはずなのです。

お互いそんな相手だから、父親との話し合いが思わしい方向に行かなかった?として、簡単に胸に飛び込めてしまうのです。コークハイを何杯も急ピッチであおって無防備に入眠してしまえるのです。東京時代のボーイフレンドとの関係をあけすけにするのも、相手に自分を知って欲しいという好意が無意識だとしても働いているのではないでしょうか。このとき、わかりやすく拓はちょっと感情的になってみせます。このシーン以外のときの拓は、比較的感情面でタフといいますか、おおむね平静、器が大きい感じなのに、です。つまり感情的になってしまうレベルで、相手の存在(つまり里伽子)を重要、すなわち自分に大きな影響を来たす存在と位置付けている証ではないでしょうか。

あえておおげさに「好きだからです」なんて連発してみましたが、はじめのうちは特別好きというほどではなかったとしても、少なくとも直感レベルであんたは恋愛対象外、とかいう烙印を押すことは決してなく、どちらかといえば相手の存在を稀少だとみなしているが故の態度のあらわれだったと思うと私は納得できます。
なぁんだ、好き同士の茶番だったんじゃないですか……青春ごちそうさま……幸せになってくれるといいですね……とまで言ってしまうのは嫌味すぎですが、甘酸っぱい恋愛青春物語を72分間でコンパクトに描いた作品だったのです。相手との距離の詰まり方が本作では私にはいくぶん唐突に見えてしまいましたが、厳密には距離が詰まっていくのに然るべき時間経過や割愛されてしまったプロセスが設定としてはありうるとみて良いでしょう。いくら上映時間の都合があるとしても、一気に踏み込む展開が唐突にみえないように描いて欲しいというのが私のわがままな鑑賞者心理ではありますが……。
こうした、一度鑑賞した時点でのツッコミ心は実際は作品の魅力に私がグっと掴まれている証拠でもあります。どうでもいい駄作だとみなしていたら、こんなに色んな異論に思いを巡らせたりしません。つっこませる余韻や余白のある作品です。作品自体の言外の情報量を想像させます。ヒロインが自分勝手にみえてしまう振る舞い自体が本作の魅惑であり、どうしてそうなるのだろうという鑑賞者の興味関心の糸を引くのです。



夏空みたくカラっと晴れたり暗雲が立ち込めたり里伽子の心の空模様は忙しい。境界人間期の揺らぎ(すなわち青春……!)を里伽子を通して描いており妙です。
青沼詩郎
海がきこえる – スタジオジブリ|STUDIO GHIBLIへのリンク
参考Wikipedia>海がきこえる (アニメ)、海がきこえる
『海がきこえる』DVD、Blu-ray
サウンドトラック『海がきこえる』
氷室冴子の原作小説『海がきこえる』。「Ⅰ」「Ⅱ」巻があり、アニメでは少量だった大学生時代のシーンが多く描かれるようです。