なんて端正なソングライティングなのだろうと深く感心します。おおよそ、爆音と気概とカリスマで押し切るロックバンドの成せる業ではありません(イーグルスがそうというわけでは断じてありませんし、特定のバンドを悪くいう意図でもありません)。

上行、下行となだらかに経過するベース、そのうえで緻密に彩りを移ろわせるピアノの和音。離脱しかねる己の肉体に沿って、世界の観察を強いられるヒトの一生。その酷さ、つらさ、幸福、あらゆるプラス・マイナスのハイライトを顧みながら、広漠とした原野をトロトロと自動車で走っていくみたいです。

イーグルスにあかるくない私なのですが、ひとりのシンガーソングライターのソロ作品だといわれても少し納得してしまうかもしれません。それくらい、パーソナルな人生観や手技が大きな鍵を、手綱を握る作品におもえます。

もちろんロックバンド的に、ドラムスの確かなパートが中盤以降に加わり、気骨をみせます。

この楽曲の具体的な録音・制作方法についての仔細もわかりかねますが、バックグラウンドボーカルの音の壁は、単一のシンガーによるオーバーダブか?といわれると、複数のメンバーが声をあわせたり重ね録りしたりしたのを思わせるナチュラルな清浄さを備える響きです。

先に書いた、ひとりのソングライターのパーソナルな作品でも納得してしまう云々を早速撤回するようですが、やはりここまでの強力なカタルシスへ導く音は、孤独な人間の孤独な作業の積み重ねのみでは完結しえません。ロックバンドとして、複数の人間が携わって出来る音です。ストリングスアレンジひとつとってもそうでしょう。メンバー、外部からプロジェクト毎に携わる流動のある人間……リアルのイーグルスや業界の構造や慣例、組織や連携の実際について私は語る資格を満たす人間ではないのでそういったことは他に委ねましょう。

一方で、ゼロからイチにするのはひとりのソングライターの孤独な胸でおこる、この世で最もちいさく雄大なビッグ・バンです。すばらしい感性と手技、知識、経験、一本の人生が醸成する価値感とそれを包括する社会・世界との摩擦を掬いあげるソングライター、その人がバンドという不定形なのか定型なのかわからないなんともいえない流動と凝固の境にある不思議な生命体:フォーマット・メディアをもっていることによって起こる奇跡を顕現させたのが『Desperado』という傑作ではないでしょうか。

ところで、吉田拓郎さんを私は非常に好きで、『Desperado』がもたらす霊感と高い共鳴を感じる傑作に『流星』というすばらしい楽曲があるのでここに言い添えておきます。

2人は最大の個人、最小のチーム

作詞・作曲:Don Henly、Glenn Frey。Eaglesのアルバム『Desperado』(1973)に収録。ストリングス編曲がジム・エド・ノーマン(Jim Ed Norman)。プロデューサーがグリン・ジョンズ(Glyn Johns)。

『Desperado』に個人の胸から沸き起こる私的な正直さを感じたのですが、ソングライティングは2人の作詞作曲なのですね。作詞がドラムスを担当するドン・ヘンリーだといいます。なるほど、あの雄弁なドラムスは作詞者の演奏だったのですね。とすると、作曲(メロディ、和和音など)の主導権をとったのはグレン・フライでしょうか。作詞と作曲を2人の人間が担当するのは、チーム・ワークとして最もコンパクトかつ最大のパフォーマンスを発揮する形のひとつでしょう。

作詞と作曲の区別がつかない表記で連名とされているものが洋楽曲にはしばしばみられますが、実際は分担が比較的はっきりしているにも関わらず、名義上作詞と作曲を分けないケースも多いのかもしれません。作詞と作曲を明確に分けて担当するのも数多の傑作を生むチーム・ワーク形態だと思います。作詞者がドラマーで、作曲がギターやキーボードを担うメンバー……と思うと、はっぴいえんどで作詞とドラムを担った松本隆さん、作曲を担った大瀧詠一さんや細野晴臣さんのケースが重なります。

ちなみにイーグルスのグレン・フライ氏は2016年にご逝去されているようです。イーグルスで発揮されたドン・ヘンリー&グレン・フライのソングライティングをほかにも味わってみたくさせます。『ならず者』がそのきっかけとは、私はぜいたくで恵まれているかもしれません。

青沼詩郎

参考Wikipedia>ならず者(曲)

参考歌詞サイト うたまっぷ>Desperado

世界の民謡・童謡>デスペラード Desperado 歌詞の意味 和訳 ならず者 イーグルス サイト名の通り、数多の童謡や民謡や息の長いヒットソングの解釈を助ける記事をたくさん掲載しています。『ならず者』の和訳とその表現に重なる暗喩について読むと、この楽曲のサウンドが醸すさびしい感じに合点がいく思いです。

ざっとですがアルバムを通して聴くと、イーグルスが広い視野をもって表現にのぞむ傑出したバンドであるのが垣間見えます。日本で「イーグルス好き」というヒントから辿るリスナー像といえばいわゆる「ロックおじさん」みたいなものが連想されがちに思いますが……うん。いいものはいい。素晴らしいです。

『Desperado』を収録したEaglesのアルバム『Desperado』(1973)

ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『Desperado(Eaglesの曲)ギター弾き語り』)

デスペラード