Norah Jonesのアルバム『Come Away With Me』(2002)に収録。『Don’t Know Why』はシングルカットされる。

どうでもいい話で申し訳ないなのだけれど、最近調子がすこぶる悪い。花粉症なのか風邪なのかその合併症状なのかわからないが声がまったく出ない。おおげさに「まったく」なんて言ったけど、広い音域を歌うことができないというのが事実で、しゃべれるしささやき声でなら歌える、程度なのだが……。

自分が調子が悪いときに使える声域をしらべた。すると、ヘ音記号のちょうど真ん中の五線に刺さるレから上に1オクターブくらいだとわかった。この音域内なら、大きい声は無理だがささやく程度ならできる。

ところで童謡や民謡には誰でも歌いやすいものが多く、多くの曲が1オクターブ程度の声域があれば歌える。そういうものならば、自分の声域に合うように移調すれば調子が悪くても小さな声でなら歌えるのだ。

童謡や民謡以外にも、魅力的な歌手たちや作曲家たちがつくるオリジナリティ溢れる多様な歌が世にはある。その歌声の妙にほれぼれして、真似て歌うにはなんとなく「難しい」という印象を受けることがあるかもしれないが、意外とその音域は1オクターブ程度におおむねおさまっているものもあることに気づく。

そんな例のひとつがNorah Jonesの『Don’t Know Why』。B♭調で、シ♭から1オクターブ上のシ♭……の全音となりのドまで出れば原曲キーで歌える。つまり移調すれば、長9度の音域があれば歌える。

この曲はJesse Harrisというソングライターの作詞・作曲。

Norah Jonesのアルバム『Come Away With Me』が2002年リリースなのに対して、Jesse Harris and The Ferdinandos名義の同名のアルバム(1999年)に『Don’t Know Why』が収録されている。つまりこちらが原曲なのだ。こののちにNorah Jonesへ提供されたことになる。この事実を私は知らなかった。

完全な半音進行で見事につながるカウンター・ラインが美しい。世界中の非音楽ファンまでもが、なんとなく耳にしているヒットソングだろう。そんな妙なる曲は、意外と9度の声域で歌えますよという話(あくまで声域のみについてだが)。

なんであんなことしちゃったんだろうという後悔の経験は誰もがあるのではないか。

一方、この曲はなんでそれをしなかったのかと歌う。

なんとなく何かをしてしまったり、反対にしなかったりすることが私にはある。けれど、実は、なんとなくその理由を自分ではわかっている。他者や自分自身に、その意思や感情を客観的に明確にわかるかたちで表明しないだけだ。

Norah Jonesの歌う“I don’t know why I didn’t come” にはどこかそんな含蓄を感じる。カウンター・ラインみたいに意思や感情ははっきりつながっていて、周囲との関係や環境の変化によって複雑に響きを変える。半音で下がっていくところがなんとも、倦怠や鎮静を思わせる。

これをJesse Harrisが書いたのだ。この曲はてっきりNorahの自作かと思い込んでいた。私は人の心も真実もはきちがえてばかりである。Norah Jonesのような歌唱の妙で提示されたものは、その歌手のものとまるっと信じ切ってしまう。それは歌手の至高の芸だ。歌手が見事なのであって、自分を下げることはない。こんな完璧に演じられては、誰がその本当の心を知るのだろう。

また、ほかの人が歌ったとき、まるでその人のもののようになるソングライティングも素晴らしい。

青沼詩郎

『Don’t Know Why』を収録したNorah Jonesのアルバム『Come Away With Me』(2002)

ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『Don’t Know Why ピアノ弾き語り』)https://youtu.be/BqslbcaQvm4