エレクトリック・アコースティック・ギターの中音域が出ています。コーラスのエフェクトをかけているようですね。コロンカランとしたキャラクターの乾いた音色です。彼独特の粘性ある歌と竹を割ったようなさばけたギターのリズムストローク。貫禄があります。弾き語り仙人と敬称したい。平静に熱量を蓄え、エンディングでリタルダンドしドーンと質量のある最後のワンストローク、Ho! と一声。響きました。

動画タイトルに1992年、武道館、SPARKLING BLUEとあります。1992年3月18日福岡国際センター以降、全国11ヶ所・16公演おこなったツアー名です。

曲について

井上陽水の2枚目のオリジナル・アルバム、『陽水II センチメンタル』に収録されています。1969年に『カンドレ・マンドレ』(CBSソニー)でデビューしたときの芸名、アンドレ・カンドレから井上陽水に1972年のシングル『人生が二度あれば』で改名し、同年にファーストアルバム『断絶』を発売。さらに同年、わずか約半年後の12月に出したのがセカンド・アルバム『陽水IIセンチメンタル』で、これに『東へ西へ』が収録されています。

原曲リスニングメモ

がっつり左に振ったアコースティック・ギターのリズム。右にもアコースティック・ギターのリズムがあります。左の方が細かく、右のほうがおおまかな動きとアクセントづけを担っているようでもありますが、間奏と後奏ではむしろ右が細かくなります。シックスティーンのリズム割で派手にシャキシャキとストローク。間奏と後奏の、主音保続上のⅥ♭→Ⅶ♭の繰り返しが美味しいです。浮遊感があり、異なるシーンへトリップしていく……これからどうなるのだろうという緊張感のある部分です。後奏はこのパターンのままフェードアウトしていきますね。

ピアノもリズムとハーモニーを出す役割でいます。左右の派手なギターに耳がいきますが、中央奥付近で支えています。地味目な存在感ですがこれがいないと薄さを感じるかもしれません。Bメロかな?ときおり、すごくいいタイミングで短2度でぶつけた(短2度でひっかけた)音の塊を裏にアクセントでいれてきます。また間奏・後奏のパターンを壮大にするのに重要な役どころでもあります。低音からぶぁーっと倍音で加担です。

ベース。ヒラ歌は1拍目と3拍目の表と裏を埋めます。3拍目では表と裏をつかってオクターブ上へダイナミックに飛んでいきます。次の小節でまた元のポジションへ。どこか、ビートルズのCome Togetherを思い出させるフレーズでもあります。サビでパターンを変え、2拍目の裏に打点をもうけた移勢を交えます。間奏と後奏では8つ打ちビート。主音の保続です。音の切り方にグルーヴが出ますね。

ドラムスはミュートが効いています。私の安易な連想ですが、ビートルズを思い出すキレの良いデッドでドライなサウンドです。音像も近いです。マイクをがっつり楽器に近づけて録るやりかたを用い、そうしたサウンドを世間に普及させた功労の一者はまぎれもなくビートルズだと思うので、私の連想の安易さにはまぁ目をつぶってください。

金管楽器が中盤で雄々しく跳躍したり長く伸ばす音で勇壮さを醸します。

ボーカルはプレーンにシングルトラック、ダブりやハモリはなし。

歌詞、感想など

すごく井上陽水を感じる私の好きなラインが、歌い出しの

昼寝をすれば夜中に眠れないのはどういう訳だ(『東へ西へ』より、作詞・作曲:井上陽水)

です。すごくあたりまえすぎて笑ってしまいます。平然とあたりまえのようなことをグモっと口に突っ込んでくるような、井上陽水流ジョーク、遊び、発想を感じます。リバーサイドホテル“金属のメタルで”というラインを思い出します。いずれも私が大好きなラインです。

全体的には仄暗く、社会のちょっとやなとこ、息苦しいところを描いています。“倒れた老婆が笑う”というツーコーラス目のラインは不気味さすらあります。つめたく、不安が焦がれるようなこわさが、のろけたジョークと混在している。井上陽水の世界が私はたまりません。それでいて、ガンバレみんなガンバレ。がんばりきれなくとも、のらりくらりと適当にがんばろうと思います。

青沼詩郎

井上陽水 公式サイトへのリンク

『東へ西へ』を収録した井上陽水のアルバム『陽水II センチメンタル』(1972)

ご笑覧ください 拙演