“幻の校歌”を生んだ投書のお話

“昭和49年、当時在学中だった藤原あつみさんがラジオの深夜番組に「私たちの校歌を作ってください。」と投書しました。
 それに応えて荒井(松任谷)由実さんから、奈留島の海や山のイメージを詩に託した「瞳を閉じて」という曲が贈られたのです。” (長崎県立奈留高等学校Webサイトより引用)

当時の現役の在校生がユーミンのラジオにメッセージを送ったことが、楽曲『瞳を閉じて』を生んだのですね。おまけに、『瞳を閉じて』は校歌に採用されはしなかったものの、このエピソードを取り上げたTV番組を見て感動した作詞家が作曲家の協力を得てつくったものが奈留高校の校歌になっているといいます(作詞:石本美由起、作曲:深町一朗)。

当時の在校生・藤原あつみさんが、『瞳を閉じて』と、校歌の両方をこの世に生むきっかけをつくっているのです。まるでプロデューサーみたいだね、なんて私が言うと軽薄です。それだけ、当事者の思いというものは強く、他者を動かす原動力になるのでしょう。作詞家の石本さんの感動は、さらに続く感動を書き連ねるようです。

五島高校の分校として生まれた経緯を持つ奈留高校は、当初、校歌も五島高校のものをうたっていたといいます。奈留高校のWebサイトが“歌詞が奈留島との縁が薄く、なじみにくいものでした”と、背景を綴っています。こうしたいきさつが、藤原あつみさんの投書につながるのですね。

“風がやんだら 沖まで船を出そう 手紙を入れた ガラスびんをもって 遠いところへ行った友達に 潮騒の音がもう一度 届くように 今 海に流そう

霧が晴れたら 小高い丘に立とう 名もない島が 見えるかもしれない 小さな子供にたずねられたら 海の碧さをもう一度伝えるために 今 瞳を閉じて 今 瞳を閉じて”

(『瞳を閉じて』より、作詞:荒井由実)

ユーミンこと荒井由実さんが書いた『瞳を閉じて』の歌詞が素敵です。私が思うに、まるで、島を離れてから、ばらばらになった友達、どこかにいる級友を想うような儚く繊細な感情を感じる作詞です。ずば抜けておしゃれ。リスナーのイマジネーション喚起性能が卓越しているのは現在(この記事の執筆時:2024年)に及んでユーミンの楽曲の特長でしょう。

そう、手作りのガラス工芸とかステンドグラスを鑑賞する気持ちになるような、儚く繊細な歌詞なのです。“眺める”感覚をふんだんに持っている歌詞です。奈留高校を卒業して、もっと時間の経過を迎えて、いろんな人生がその身を通り抜けたあとで、回顧しているような深みと心の光陰を思わせるすばらしい作詞です。

“明日へと 旅立つ船よ
海はあこがれ 希望の道だ
奈留高校は みんなの母校
ここで磨いた 向学の
教えを守り はるばると
試練の波を 越えて行け”(長崎県立奈留高等学校 校歌3番より引用、作詞:石本美由起)

その後、校歌に採用された石本さんの歌詞をみるに、より、いまこの瞬間をこの学び舎で過ごす生徒である当事者性がはっきりした作詞がうかがえます。荒井由実さんの詩情のすばらしさを認め、胸いっぱいの敬意を払い愛唱歌としつつ、石本さん・深町さんのものを校歌とした学校側の解釈にも私はうなずくことができます。3番の歌詞は特に、旅立ちの時期を描いており末長い未来を望んでいつつも、やはりこの学窓の当事者としての言葉が明確に描かれています。

卒業式などにこの2曲の両方を歌うシーンを式次第に含められたら、送り出す側としても奈留校生の感性と力強さに担保される未来が望めるように思えます。

曲の名義、発表の概要などについて

作詞・作曲:荒井由実、編曲:松任谷正隆。荒井由実のアルバム『MISSLIM』(1974)に収録。

荒井由実 瞳を閉じてを聴く

やさしさと慈愛に満ちた思いを感じます。オルガンが引っ張る、モールス信号のような移勢の効いた音形による同音連打が印象的です。「航海」の観念を思わせるアレンジですね。

コーラスアレンジ(Background Vocals Arrangement)が山下達郎さん。コーラスの声も、同音を長く引っ張るモチーフを扱います。遠く広大な地平線を思わせます。壮麗に透き通るサウンドが極上です。

カツカツ、とドラムスのリムショットがやさしい。こんなに丸くて愛らしいリムショットにはなかなかお目にかかれません。近い帯域で、いつのまにかコンガがパカトコと鳴っている。リムショットとすり替わる……クロスフェードする映像みたいです。

サイドの方からエレキギターがスコーンと抜けてきます。ギターコンプで粘らせて飛ばしたような、サスティン感あるクリーンなトーンです。

またサイドからは高音弦の開放をドローンさせたようなアコギのコードストロークが入ってきます。この楽曲において、保続音は解釈の鍵かもしれません。長く穏やかな海原、水平線を思わせるのです。「島」のフィールドが目の前にある、あるいは心にずっとたなびいている表現に思えます。

青沼詩郎

参考Wikipedia>MISSLIM

Yumi Matsutoya 松任谷由実 オフィシャルサイトへのリンク

参考歌詞サイト 歌ネット>瞳を閉じて

松任谷由実公式サイト>Discography > オリジナルアルバム > MISSLIM 演奏者・スタッフクレジットが詳細に載っています。

『瞳を閉じて』を収録した荒井由実のアルバム『MISSLIM』(1974)

Message In a Bottle

Yumi Arai

瞳をとじて

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『瞳を閉じて(荒井由実の曲)ピアノ弾き語り』)