少年心に秘めた好きな歌手

私が小学生だった当時、活躍していた歌手のひとりが鈴木亜美さん。私は彼女のファンで、小遣いでCDを買っていました。その楽しみを級友に漏らすことはありませんでした。恥ずかしかったのです。言えなかった。

中学の頃はギターを持って友達とバンドやユニットの曲のコピーをよくやりました。高校に行ったら軽音部でバンド。大学は音楽大学。

作詞作曲、自作自演の多重録音を10代で始めました。以来ずっとやっていると、好きなアーティストや歌手を白状する機会が豊富にやってくるわけです。オーディションに応募するとなればフォームにフェイバリット・アーティストの名前を書くことになるでしょう。

ソーシャル・ネットワーク・サービス的なものも、私が音楽活動を始めた年代、すなわち2000年代頃には一般的になりましたから、即席のホームページ代わりとしてそういうものにアカウントをつくれば、自己紹介あるいはプロフィールとして好きな音楽、影響を受けた音楽やらを書くのも必然です。

そういうところに、私は小学生時代にのめり込んだ鈴木亜美さんの名前を書いたことがありませんでした。「影響を受けた」という意識がなかったのです。小学生の高学年くらいからは、鈴木亜美さんを聴くかたわらジュディマリ(JUDY AND MARY)などを聴きましたし、中学生の頃はバンプ(BUMP OF CHICKEN)。大変はまりました。それらに限らず、ギターが歌とともに轟くサウンドに親しみました。シャイボーイの私は鈴木亜美さんのことを音楽友達とのあいだでも話題にすることなく、いつのまにか音楽の好みも楽器を演奏しながらパフォーマンスするフォーマットのものを中心に志向するようになります。

鈴木亜美さんを小学生の頃聴いていた、と自ら素直に口に出せるようになったのは、ずっとあと、大人になってからでした。小学生の頃は、鈴木亜美さんという歌手が歌った曲の作曲者が誰かなんて気にもとめませんでした。大人になってから、たとえば『BE TOGETHER』の作曲者を認知……そうか小室哲哉さんサウンドだったのかと腑に落ちます。ってかTM NETWORKのカバーだったんかいと知る始末。

話は変わって、はっぴいえんどの音楽に魅了されるようになるのに私は時間がかかりました。私は高校生くらいの時にも、「日本語ロックの金字塔」だなんだと音楽好きが吹聴するのを耳にして(なんだか悪意があるみたいな言い回しになってしまいましたがそのつもりはありません)、はっぴいえんどを認知していましたが、ちゃんと聴くとかちゃんと「通る」ほどの自覚はなく、『風をあつめて』が良い曲だなぁ、くらいの浅い接し具合に留まっていました。ずっとあと、近年こそ私ははっぴいえんどの作品にますます魅了されています。

前置きが長くなりましたが、あの“アミーゴ”の歌を書いていた小室哲哉さんと、はっぴいえんどの世界の創造主のひとり・松本隆さんが名前を連ねて、中山美穂さんが歌った『JINGI・愛してもらいます』という曲があるのを、最近私がやっているYouTube投稿の筋から教えてもらいました。インパクトのあるコラボ(共同)に目を見開きましたし、楽曲も個性的で耳の穴も開きました。

曲の名義、概要などについて

作詞:松本隆、作曲:小室哲哉、編曲:大村雅朗。中山美穂のシングル(1986)。映画『ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎哀歌』(1986)主題歌。

JINGI・愛してもらいますを聴く

中山美穂さんの「イ」の母音がちょっと鼻にかかってピーンとピークが出るような声色、歌唱のキャラが立ちます。お姉さんぶってる楽曲の主人公像にぴったりです。

オケはほとんどプログラミングのサウンドでしょうか。私としては久石譲さんのサウンドも思い出します。編曲は大村雅朗さんで、参考Wikipedia>JINGI・愛してもらいますをみるに、作曲者の小室さんも編曲の功績を重大にみている様子がうかがえます。

どこまでが作曲者のデモに存在し、どこからが編曲段階でドリップされたアイディアなのか詳細な棲み分けはわかりませんが、私が猛烈に小室さんを感じるのは間奏の転調。Eメージャー調のオリジナルキーに対してC#メージャー、すなわちⅥメージャー調に行く動き。オリジナルEキーのⅤ、すなわちBのコードからそのまま全音上がって新調のC#を主音とするメージャーの響く世界に直結してしまいます。視界が拓ける展開です。

戻り方がまた良く、C#メージャー調のⅤすなわちG#の和音から、元のEメージャー調のⅣすなわちAの和音に直結してAメロに戻ります。調性の動きとしてはすごくアクロバティックなのに、流れが地続きで自然なのです。おそるべしコミュ力みたいです。気づいたら彼の“話術”に乗っている。

キックの四つうちはゲートが効いてタイトな音像です。スネアがダスッ!と、キレに幅のあるパワフルなサウンドでアクセント。ゲイン感のあるタムやらが左右に耳の注意を広げます。チキリとタンバリンがなる。サイドのほうでシェーカーがやさしく16を刻みます。リズムが効いていて、中山美穂さんのあどけなさ漂う歌唱をグイグイひっぱっていきます。お姉さんぶってる感じ、しかしお姉さんを貫き通している信念がサウンドによく出ているのです。

ウワモノ系のシンセやら鍵盤の類も、16分割のタイトなオカズを豊富に放り込んできます。ザ・80年代サウンドを私に思わせます。

もうこのあたりはCD時代だと思いますが、2コーラス・プラス最後のコーラスを反復で4分未満にコンパクトにまとまっています。前奏間奏後奏モリモリで4分後半や5分代のバラードがわんさかある年代が到来しているあるいはこの後に到来することを思うと、60〜70年代くらいの3分のラヴソング大好きな私としては手を伸ばしやすい、肌に馴染むサイズ感です。これに、シンセやらプログラミングのデシデシ(デジデジ?)サウンドがかけあわさって、なんともいえな異国感を私に覚えさせます。

サウンドはデシデシいっているんだけど、耳ざわりが人肌に思えるのです。小室さんの魔力なのか、編曲の大村さんの魔力なのか、その両方なのか。貶していると解釈しないんでほしいんですが、先鋭的でもあるのに、どこか「いなたい」のです。親しみを持てるのです。カッコイイのに、身近にも感じられる。これってすごいことです。小室さんの名前が、『JINGI・愛してもらいます』以後の時代にも及んで轟くのにもうなずけます。

歌手というより女優さんのイメージが強かったのですが、中山美穂さんも現役で歌手活動をなさっていると知りました。ユーザーにとっての憧れの「お姉さん」をなさっているのだなぁと、「にわか」なりにしみじみ嬉しく思います。

楽曲の歌詞やサウンド・歌唱が醸す絶妙さから、お姉さんぶったキャラクターなどとご不快な表現をしてしまったかもしれませんが、かつて小学生だった私にとって憧れの存在の年上の女性が鈴木亜美さんだったように、中山美穂さんが『JINGI・愛してもらいます』リリース時の少年たち(あるいは性別・年齢問わず)のリアル憧れの年上の女性だったのでしょう。その後の時代から現在(この記事の執筆時:2024年)に及んで歌手活動を継続し、その存在であり続けていることに敬意を覚えます。

青沼詩郎

参考Wikipedia>JINGI・愛してもらいます

参考歌詞サイト 歌ネット>JINGI・愛してもらいます

参考Wikipedia>中山美穂

中山美穂 公式サイト MIHO NAKAYAMA OFFICIALへのリンク

『JINGI・愛してもらいます』を収録した中山美穂のシングル集『COLLECTION I』(1987)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『JINGI・愛してもらいます(中山美穂の曲)ギター弾き語り』)