奥ゆかしい季節感
「夏」と歌詞に歌われてしまうと、聴き手に短絡的に「夏の歌」の烙印を押されがちです。しかし注意しなければならないのは、たとえば夏という単語を歌っていても、歌の主人公の現在地はそれ以外の季節にある場合もある点です。
例えが反転して「冬」の例ですが、稲垣潤一さんの有名曲『クリスマスキャロルの頃には』の歌詞をみると、主人公の現在地は必ずしもクリスマスにあるのではなさそうにみえます。
クリスマスキャロルが聞こえる頃まで 出逢う前に戻ってもっと自由でいよう クリスマスキャロルが聞こえる頃まで 何が大切なのかひとり考えたい
『クリスマスキャロルの頃には』より、作詞:秋元康
特定の季節と強く結びつく、あるいは季節そのものを表す単語を歌詞や題名に含めていても、その曲の主人公の現在地がその季節真っ盛りにあるとは限らないことの用例です。
季節感を前面に押し出す強いワードは一見ないが、よく見ると季節を想像させる余地のある言葉が含まれている、という奥ゆかしい事例もあるようです。
特定の季節との結びつきを強く感じさせる国民的歌手やグループの有名曲にも直接的な季節感自体は控えめな曲がしばしばあります。そうしたレパートリーのなかに、奥ゆかしい季節感を見出すのもまた鑑賞の楽しみです。
いとしのエリー サザンオールスターズ 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:桑田佳祐。サザンオールスターズのシングル、アルバム『10ナンバーズ・からっと』(1979)に収録。
サザンオールスターズ いとしのエリーを聴く
桑田佳祐さんのモノマネをする際のレパートリーとして真っ先に検討され選ばれるのが『いとしのエリー』。耳に媚びりついています。
ボーカルのための空間が広くあいていて、風通しのよい印象のサウンドが『いとしのエリー』サウンドの独特のもの悲しさをなしていると思います。桑田佳祐さんの歌唱もすがり泣くようにも聴こえます。
チャカ、とタイトでしまりのある音像のギターが左右に私の耳を通り抜けます。ウィンドチャイムの音がさらさらと通り過ぎ消えてしまう。儚いです。
ボーカルの数は多い印象ですがすっきりしていますし、個別のパートの印象にとどまらず全体的にその印象です。
1979年リリース作品というのが意外。これもまだ70年代なのか、と……とはいえ最も70年代の晩年ですから80年代との距離は近い、どころか大差ないのかもしれません。
『いとしのエリー』はじめ数多のサザンの定番レパートリーを、1998年オリジナルリリースとされているベスト『海のYeah!!』で私は聴きました。あるいはデビュー当時をリアルタイムで経験していない世代にとって、「サザンの定番曲といえばこれ」のイメージをつくったアルバムが『海のYeah!!』なのではないかと私は思っているくらいです。
ギターのメンバーの大森さんの在籍時の編成のサザン。メンバーの出入りは少なく関係が良好な長寿バンドのイメージがあります。
カラオケ映像世界の創造主『いとしのエリー』
泣かした事もある 冷たくしてもなお
よりそう気持ちがあればいいのさ
俺にしてみりゃ これで最後のLady
エリー My love so sweet二人がもしもさめて 目を見りゃつれなくて
人に言えず思い出だけがつのれば
言葉につまるようじゃ恋は終わりね
エリー My love so sweet笑ってもっとBaby むじゃきにOn my mind
『いとしのエリー』より、作詞:桑田佳祐
映ってもっとBaby すてきにIn your sight
誘い涙の日が落ちる
エリー My love so sweet
エリー My love so sweet
桑田佳祐さんの歌唱のいじらしいキャラクターと表裏一体の歌詞。音楽がそのまましゃべっています。歌詞としてのひとつの理想形です。
歌もの音楽を鑑賞する際、言葉の内容をよく聴き取ると「へぇ、案外こんなことを歌っていたのか」と、旧知の楽曲の認識を改めることが私はありますが、『いとしのエリー』ばかりは何度聴いてもいとしのエリーであり、イメージの通りなのです。
これは楽曲の外側の世界(メタ)から埋められたイメージかもしれませんが、平成時代の古き良きカラオケの背景映像の世界です。歌詞が出る画面のバックで流れる、意味のあるようなないような、多くのラブソングに使いまわされているような映像ですね(これがわかる人は私と同世代かもしれません)。大体、男性の役者さんと女性の役者さんが出てきて、憂いた表情をしたり仲睦まじくしたり喧嘩したり意味不明に疾走していたりグラスの水をどちらかが浴びせかけられていたりとかです。
なんだかちっとも褒めていないような響きですが、むしろ逆です。そういったカラオケの映像的な世界側のほうが、サザンオールスターズの『いとしのエリー』の影響を受けてしまってそのようなカラオケ映像世界の価値観や感性が形成された、つまり『いとしのエリー』のほうが大元になったのではないか? とさえ私は思うのです。それが真実として妥当かどうかを別として、私はそれくらい重大に受け止めています。
余談ですがカラオケ収益が占めるアーティスト印税の割合は馬鹿にできないと思います。つまり、大衆にカラオケで歌われることでアーティストなり権利者や生産・供給者が潤う、苦労や知恵の稀少性が還元されるわけです。カラオケで『いとしのエリー』、一体何万回歌われたことがあるのでしょうか……。
ポップソング職人の言葉の意匠
“誘い涙の日が落ちる”は独特の言葉づかいです。「涙を誘う」という慣用表現がありますが、それを倒置して名詞にしてしまうポップソング職人の意匠を感じます。どころか、「誘い涙の日」までを一連の係った名詞にします。日が落ちるのとともに、涙もこぼれ落ちるのでしょうか。うつむいた顔面、伏し目がちな湿ったまぶたを想像します。
“エリー My love so sweet”のキメフレーズを脳内でサザンの音源のままに高い解像度で再生できる人は非常に多いのではないでしょうか。ポップソング界最大規模のプリンティングです。意味があるようなないような、「エリー」の固有名詞と日本語脳でひねり出す中学英語のみ構成したような魅惑の5語の魔法“エリー My love so sweet”。ピチカート・ファイヴのレパートリーで私のフェイバリット・ソング『これは恋ではない』の中にまで登場します。『いとしのエリー』の影響のはかり知れない大きさよ。
肌寒い春に
笑ってもっとBaby むじゃきにOn my mind
『いとしのエリー』より、作詞:桑田佳祐
映ってもっとBaby すてきにIn your sight
みぞれまじりの心なら
エリー My love so sweet
エリー My love so sweet
“みぞれまじりの心なら”。『いとしのエリー』シングル発売の日時は1979年3月25日。現実の日本列島で“みぞれ”に出会う季節と正しく相乗して思えます。サザンといえば夏のイメージが強勢なのもうなずくところですが、『いとしのエリー』を今後は肌寒さと温暖さの入り混じる春に聴きたいと私は思います。つい桜や卒業をモチーフにした大衆歌に意識を奪われがちな季節の歌としては、ちょっと意外な提案ではありませんか? それも、ずっと前からこんなにも知っていた歌なのに! シングルのオリジナルリリース時期とはズレますが、『いとしのエリー』に初冬のみぞれを感じてみても良いですね。
後記
夏フェスへの出演をおおむね卒業宣言してしまった様子の近年のサザン。年齢や体力、気候などさまざまな面での過酷さを考慮し打ち出した、彼らの現在地なりの建設的な方針でしょう。
奥ゆかしい季節感(あまり前面的ではない)をサザンのほかのレパートリーに探すのも、今後の聴き方として一興です。持ち曲が多くキャリアの長いアーティストなら、サザン以外でもお試しください。
青沼詩郎
『いとしのエリー』を収録したサザンオールスターズのアルバム『10ナンバーズ・からっと』(オリジナル発表年:1979)
『いとしのエリー』を収録したサザンオールスターズのベスト『海のYeah!!』(オリジナル発表年:1998)
Ellie My Love