まえがき このブログに出てくる音楽用語、理論
私がライフワークにしている音楽鑑賞、音楽創作、この音楽ブログ執筆。「自分のためにやる」のを第一義にしており、読んでくださる多様な人の理解しやすさを飛び越えて書いてしまうことばかりです。
そんな自分のコンテンツの弱みの自己フォローに少しでもなればと、音楽用語や理論などについて私なりの解説を少しずつ置いていきます。今回は強起と弱起について。
強起と弱起
強起
強起か弱起かとはつまり、小節のあたまできりよく始まるフレーズか、そうじゃないかです。
「いち、に、さん、し」といった具合に、4拍子の曲のリズムの足並みを「数える」ことができますよね。
このとき、「いち」できっかりはじめるメロディやリズムのまとまりが「強起(きょうき)」です。
「強起(きょうき)」の例。Beethoven先生の“第九”、いわゆる“よろこびのうた”メロディの一部をハ長調で楽譜にとった図案です(暴挙にも4分の4拍子でとってしまっていますが、原曲で合唱が入る最も有名なクライマックスは2拍子系)。「ミーミーファーソー……」のあたまの「ミ」が「いち、に、さん、し」で数えるところの「いち」と同じタイミングで始まります。これが狂気……じゃなくて「強起」です。
弱起
数えはじめのアタマできっかり始まる以外のメロディやリズムのまとまりはみんな弱起です。
「弱起(じゃっき)」のメロディ。譜例は『明日があるさ』(in C)。作詞:青島幸男、作曲:中村八大。図案冒頭の、“あしーたがあるーさ”の「あ」が、「いち、に、さん、し」の「いち」よりもフライングで始まっています。さかのぼって数えると、「し」つまり4拍目の裏に歌詞“あしたが…”のアタマの「あ」が位置しています。
『明日があるさ』のように小節線からフライングしていても弱起ですし、出遅れてアタマ付近が休符になっても弱起です。
拍の表と裏
4拍子で足並みを数えるときの「いち」「に」「さん」「し」が各拍の「表(おもて)」です。
「いち」「に」「さん」「し」と数えるペースはそのままで、それぞれのちょうどあいだのタイミングで「と」を挿入して数えるとき、「と」が「裏(うら)」拍になります。「いちと」「にぃと」「さんと」「しぃと」という感じの数え方になるでしょうか。
「いち」「に」「さん」「し」の具合で4のまとまりで数えるなかで、カウントがひとつ増えるまでの半分の地点で「と」によってスペースを2分割しているわけです。4拍子なら4つあるクッキーすべてを半分に割っているので、クッキーのかけらの数は8個になります。エイトビート(8 beat)の正体はこれです。
弱起と強起の印象
弱起(じゃっき)のメロディは心がこわばっている相手にそっと話しかけ、徐々に親密になるような一枚上手のオシャレさ、紳士さを感じます。
強起(きょうき)のメロディは訴求力。パーンと華やかで直情的です。無垢な印象ですね。
たとえば私がよく聴くフェイバリットバンドのTHE BLUE HEARTSやTHE HIGH-LOWSの楽曲で私がぱっと思い浮かぶ曲は、Aメロやサビなど強起の楽曲の存在感が強い気がします(サビ♪“リンダリンダ”〜とかね)。彼らの魅力の要因はひとつ、強起の直感的な爆発力にあるのかもしれません。
対して、私の心の原野に咲き青天井を突き上げるフェイバリット・ロック・チームのくるりのレパートリーで特に印象的なものの中には、弱起が織りなす情景の綾、情報の立体感がマジカルな楽曲が目立ちます。音楽的な語彙への野心家である彼ららしい魅力の一面ではないでしょうか。
くるりレパートリーにみる弱起と強起の投げ分け
ばらの花
言葉はさんかく こころは四角
東京
坂道
宿はなし
In Your Life
California coconuts
むすびに
ある曲を「直情的にor繊細に」感じるのは、メロディが「強起or弱起」だからなんだ! といった具合に、あなたの大好きな一曲も強起と弱起の観点で解いてみると腹落ちポイントがあるかもしれません。どうぞ素敵な音楽ライフを。
青沼詩郎