地元の夏祭りが開催される公園の前で

岡村靖幸が好きだ。

昨日は家で夕食を食べたら『あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう』(1990)が頭に中に自動再生された。こういうとき、それが可能な状態であれば、私はすかさず実際の音源を聴く。そうすると、なんとなく精神衛生に良い気がする。

岡村靖幸『あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう』をプレイしたら、使っているサブスクサービスアプリ(Apple Music)内で、「邦楽ヒッツ:1990年」というプレイリストが関連づけられてフッターのほうに表示された。

クリックしてみる。アーティストと曲の名前をざざっと見る。知っているものもあれば知らないものもある。気になったものをいくつか再生していみる。どれもすごく良かった。

私は1986年生まれだ。1990年時は4歳。まだ物心つきたて。世の中にどんな音楽が放たれて、受け入れられているのか? その社会的な影響はどんなものか? 身近な個人に届く影響は? そうしたものを、まだまだ認識していない幼さだ。いや、そういうものからの影響はもちろん多かれ少なかれあっただろうけれど、それを積極的に認知して自分なりに解釈してみる、なんてことはしなかった。

当時の私は、ちょうどピアノをやり始めたくらいの頃だ。バスティン・ピアノメソッドで学んでいた。これは「どクラシック」な感じと違って、コードネームを学ぶメソッド。バスティンが作った曲たちは音楽性が広くて楽しかった。この音楽体験からの影響は、間違いなく今の私に届いている。

話が逸れたけれど、1990年頃のこの国の音楽のすべてを私はまだまだ知らない。手つかずの宝箱だ。もちろん、たまたま触れたいくつかは開けている。

1980年代と1990年代のはざまは、何かの黎明期なのではないか。幼かったから、当時の空気を私はあまり記憶していないしわかっていなけれど、そんな気がするのだ。なんというか、とても豊かで自由で奔放で楽しい。アカ抜けてもいるし、いなたく(いなかっぽい。いもっぽいこと)もある。とにかく私は先述のプレイリスト「邦楽ヒッツ:1990年」をすごく気に入ってしまった。含まれている曲たちの参照元のオリジナルアルバムをいくつも自分のライブラリに登録した。

中でも心ひいたのが、ジッタリン・ジン夏祭り』(1990)。『プレゼント』『日曜日』といった楽曲と並んで、この年に活発に発表されたようだ。

楽曲『夏祭り』は当時の幼い私とすれ違っても、思春期の私に認知される機会があった。Whiteberryによる同曲のカバー(2000年)。

2000年、私は14歳だ。といっても、その時点でこの曲に対してすごく思い出があったのでもない。ただ、そんなぼんやりした少年の私にも認知される程度に、この曲は社会的に歓迎されたのである。

オリジナル・アーティストのジッタリン・ジンはその方針あってか、カバーによる再ヒットの順風に乗じてメディアに積極的に露出することをしなかったようだ。ライブはやっていて、ちゃんと届く人には届く活動はしての上で、かもしれないが。

ぼんやり少年だった私は、いまのいままでジッタリン・ジンにちゃんと触れる機会を逃してきた。でも、ここにきて先のプレイリストのおかげでようやく巡り会うことができた。

ここのところのジッタリン・ジンは目立った活動がなかったようだけれど、2019年くらいにまとまった量のMVやライブ映像が公開された模様。

ジッタリン・ジン、そのバンドの誕生(結成)は1986年で私と同い年。バンドメンバーたちは、私より20歳前後年上。違った年代の空気で育った人たちの表現がまわって、また違年代の心に大きくはたらきかける不思議を思う。

青沼詩郎

ジッタリン・ジン(日本コロムビア)
https://columbia.jp/artist-info/jit/

ジッタリン・ジン
https://jit-ter.com/

JUKELOG.
https://jukelog.com/music-jitterinjinn-youtube/
こちらの記事がすばらしいまとめ。参考にいたしました。

カバー

ボーカルに使われる一番高い音がメロにもサビにも出てくる曲で、何度も歌っているうちに声が枯れてしまった。タイムリミットで休憩や録り直しができず、そのまま公開。悔しい。サビのボーカルメロディはハーモニカで吹いても気持ちいい。