1972年9月リリースのシングル曲、年内の後半にあたりますが第14回レコード大賞をとったようです。歌手の感極まった様子がこちらにも伝わってくる当時の映像をネット上でみかけたことがありますが、ちあきなおみ作品はサブスク等でみかけませんね。
曲について
イントロ
おおらかな動きのメロディのイントロです。少し歪んだエレキギターの開放的なストロークに、トレモロ(連続したストローク)の音が重なります。楽器はなんでしょうか、クリーンサウンドのエレキギターの音にも聴こえます。
これにストリングスがさりげなく対旋律を添えます。ストリングスは弓で弦を擦るので減衰しない長い音符を演奏できます。イントロのおおらかな音形はいかにもストリングスのために書かれたもののような印象ですが、これをギター類が奏でているところに何か意図を感じもします。
ストリングスは集団で演奏した音色を用いることが多いですが、エレクトリックギターなどの撥弦楽器は1本もしくは音像が聴き分けられる程度の本数に限定して重ねることが多いと思います。
ギター類の撥弦楽器に主旋律を持たせていることは、私にこれから紡がれる物語がパーソナルなものであるのを予感させます。

Aメロ
つぎつぎにモチーフが展開するメロ。規則性のある音形を反復するタイプの楽曲と違います。それでいて、Aメロ3小節目の上行パターン(シ・ド♯・ソ♯)が8小節目に再登場します。1番の歌詞でみると、3小節目が“恋の”にあたり、8小節目が“黒い”にあたります。恋人が亡くなったことの暗喩でしょうか。
展開するモチーフに加え、小節数も半端です。歌詞“黒いふちどりがありました”を言い切り、語尾が伸びている小節までで11小節。12小節目にBメロのフレーズ“あれは三年前”がガッツリはみ出しているようにも感じます。
単純な反復に頼ることのない音型、小節数もイレギュラーなのですが、とてもすんなりと入ってくるメロディと歌詞。覚えにくさはありません。むしろ自然に口ずさみたくなります。
どうしてこんなフレージングが生まれたのでしょう。詞先(歌詞を先に書いてあとから曲をつける手法)で書いたからというのが私の仮説のひとつです。
しかし、2小節目からいきなりすごい跳躍。“幕が開き”の“幕”の部分の跳躍距離は1オクターブです。
言葉のイントネーションに必ずしも順当に従った作詞・作曲ともいえません。かなり、単語本来の発音のアゲサゲを無視しています(ことばを使う人の生まれ・育ちの地域次第で、単語の音程のアゲサゲや強調の位置が違うこともあります)。それが歌に躍動を与えているのかもしれません。発音のアゲサゲやアクセントの位置を守ると、言葉の意味が伝わりやすい・聞き間違いを防ぐといった効果はあるかもしれませんが、自然すぎて聞き流されてしまう(印象に残らない)可能性もあります。
作詞・作曲におけるイントネーションは、アクの強さを調節できる魔法です。意図的に用いることも可能でしょうし、感性で直感的に使い分けるソングライターもいることでしょう。

Bメロ
かなり上下にメロディが動くAメロとは対称的に、特定の音程に分布の偏ったBメロです。原曲はEメージャー調。Bメロはソ♯の保持率が高いです。
Bメロの最後はかなり上まで音域を広げます。この曲は広めの声域を要します。歌手の技量が問われますね。あるいは技量を発揮しやすい曲です(私の好みで言えば宮本浩次ほか、素晴らしいカバーが多いですね)。原曲でいうと下のミからオクターブを越してド♯まで。1オクターブ+長6度にわたる声域です。
Bメロは“止める” “アナタ” “駅” と、弱拍に引っ掛けたフレージングが印象的です。強拍を一瞬がまんして弱拍で語句を発するので、その時間が力のタメになります。音にパワーが宿り、たたみかけるリズムで聴き手に迫ります。歌っても気持ち良く、カバー曲としてアーティストに好まれる一因かもしれません。
ひとつ下の音程から持ち上げる音程だったBメロの前半に対し、続く4小節目のフレーズ“動き始めた汽車に”では同音連打。緊張感を高め、次の小節の和音・サブドミナント(Ⅳ)に緊張のバトンを託します。
さらに次の小節で、最たる緊張の和音・ドミナント(Ⅴ)上でこれでもかとハイトーン“飛び乗った” 。歌詞だけでなく音程も字の通り、高揚の極みに飛び乗っていますね。
そしてまた、単純な反復に頼らないAメロのパターンに戻ります。言い換えれば多様なモチーフが連なるAメロパターン。Bメロとの性格の違いが際立っています。

作詞:吉田旺、作曲:中村泰士。独創性極まる作品です。
青沼詩郎
『喝采』を収録した『決定盤シリーズ ちあきなおみ大全集』。
『喝采』を収録した宮本浩次のカバーアルバム『ROMANCE』(2020)
ご笑覧ください 拙演