渡り鳥の円環
くるりの15番目のオリジナルアルバム『儚くも美しき12の変奏』(2026年2月11日)収録曲。
変奏というだけあり、どこか共通の遺伝子(おもかげ)を感じさせる短いモチーフを少しずつあるいは大きく変貌させアルバムの全編の骨肉とし血を通わせます。
本曲『金星』は弱起・移勢のモチーフが儚く女性的な印象の鍵で、同アルバムに収録される『ワンダリング』の強起の勇敢なモチーフとは好対照です。
8小節単位のヴァースで前半はアタマ2拍空けてモチーフが始まるのに対し、折り返しの8小節では1拍半はやく前に飛び出すモチーフで始まります。これも変奏の手技ですね。
ヴァース16小節だけみても作曲面の工夫の凝らし方、アイディアの切り口に秀でます。
コーラス“サンダル飛ばした……”を経ると8小節+4小節の結尾つきのヴァースの再現があり、そこから圧巻の審美的な「渡り鳥転調」(私が勝手に命名)。国境を跨ぐ鳥のごとく、短3度上の調へと一定の間隔を保って4回の転調を経て、きれいに元のCメージャー調に戻ります。歌詞に登場する渡り鳥の旅の生活と世代交代の輪廻を思わせる、自然そのものの美しさ、儚さと背中あわせの逞しさすら感じる審美性を極めた作曲意匠です。「渡り鳥」の生態や習性、現在を生き残る種の姿かたちや肉体的な性質・特徴は何世代もかけて磨かれてきたものでしょう。「種」の現在の姿に通ずる悠久の文脈が聴き手の感性になだれ込む感動を覚えます。
イントロに2小節程度の「謎かけ」のような扉絵がつきますが、この短いイントロをAメージャー調と解釈すると、その直後に歌がはじまるところでCメージャー調(入りの和音はFなのでⅣの和音)に行っているのでやはり短3度の間隔を保った転調がイントロとヴァースの出だしのあいだでもなされていると解釈できます。
本曲『金星』はMVも制作されています。同アルバム収録の『Regulus』のMVを第1話とすると、その続編の趣向になっています。キャンプに出かけた先でぎすぎすした夫婦の雰囲気が描かれる前半部分。そんな両親に黙って背を向け、キャンプ拠点を抜け出してしまう娘。MVのラスト付近で、抜け出した先を父に見つけられたところ、満天の星空が描かれます。そのときに星の名前を(父に)教えてもらって嬉しかったといった胸の内を明かす娘の言葉がグッとくる素敵なMVになっているので観てみてください。
本曲『金星』に寄せる観察を含め、アルバム『儚くも美しき12の変奏』に寄せる全曲レビューをくるりOfficial noteに書きましたのでそちらもぜひご覧ください。本ブログサイト上でも公開しています。
金星 くるり 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:岸田繁。くるりのアルバム『儚くも美しき12の変奏』(2026年2月11日)に収録。
くるり 金星(アルバム『儚くも美しき12の変奏』収録)を聴く
儚い印象の一因はメインのリードボーカルの基本がメロディユニゾンのダブリングのサウンドになっている点かもしれません。このテの型がくるり曲にはしばしばあって、そういった曲に共通して私は「女性的で繊細で儚い印象」と感じる傾向があるようです。
「(1、2、)な・つー・のー・にー・おー・いー・をー……」と、きびきびとした移勢のリズムを基本に組み立てられたリードボーカルのメロディはそのリズムを的確さを保ったうえで前後のつながりのなめらかさを表現するのがミソだと思います。岸田さんのボーカルは地球をすっぽり包む大気のような自然さで楽曲の空気を覆っています。難しいことのないような、さもさらっとした空気感で歌っていますのでさらっと聴けてしまいますが、非常に高解像度な感性と耳で歌われ・制作されたボーカルトラックだと思います。本曲を含むアルバム『儚くも美しき12の変奏』収録曲のいずれも、岸田さんのボーカル表現の7変化……いえ、12変化を味わえる趣向になっています。バンドのキャリア30周年を迎えんとしているタイミングでの実演の解像度に頭が下がります。
厳かで雄大な印象はドラムサウンドによる部分も大きいでしょう。クラシックのオケが含む、大太鼓のような音色のキックドラムです。粗密の緩急を大胆につけたリズムで演奏されます。また本作のドラムセットの演奏には、シンバルの影が薄めです。セクションの変わり目でクラッシュシンバルをばしゃーん!といったプレイは極力排除されていて、かわりにマレットで演奏するサスペンデッド・シンバルのクレッシェンドが要所に配置されます。またチッチキチッチキ……と軽い歯ざわりのシェーカー、狙いすましたタンバリンなどパーカッションとドラムキットが一体になってクラシックのオケのパーカッションパートのようなチームワークを発揮しているところ、アレンジの緻密さにより雄大な聴感(鳥瞰……!)を導く成功要因ではないでしょうか。パーカッション・ドラムパートの低域がズボン!と深いので、それに接着・補強しつつも旋律とリズムのコントラストを強めるバランス感でベースの音色が協調しています。ビブラフォンっぽい音色は私がエレクトリックピアノと混同している部分もあるのかどうか。パーカッション&ドラムス演奏のクレジットは石若駿さん。プログラミングによる音色もフィットされています。
アコギやエレキの音色のレイヤーも緻密な印象です。群像のなかで視界をよぎるようにオブリガードのフレーズが交ったり、アコギがちゃきちゃきとリズムと和音の両方を恒常的に支えていたりもします。オルガンの音色と協調して要所のオカズ(フィルイン)的な旋律を演じもします。ピアノの演奏も優雅に拍のピッチ(間隔)を表現します。
楽曲の後半で、ディレイが1小節遅れでメインのリードボーカルと同フレーズをこだまし、メロディを補完しあう展開。誰かの姿を見習い、あとにつづく世代がいるものです。ha~ah~……といったバックグラウンドボーカルもやさしげな息のスピードを感じる儚さです。
こうしたサウンドの変幻自在な演奏アプローチ、アレンジによって革新的かつ審美極まる楽曲構造、そのプロットが肉付けされ、肌に血色のよさを与えているのです。アルバム単位で聴く、楽曲単位で聴く、アナログレコードやCDで聴く、環境やリスニングギアーを変えて聴くなどリスナー側でも楽曲へのアプローチを恒久に「変奏」して楽しむのをおすすめします。本アルバムはそれに応える粒揃いでグラマラスな果房です。
“稲穂の露はきみの涙の代わり”
“落ちる木犀 灯る金星”
(くるり『金星』より、作詞:岸田繁)
など、押韻と情景や意味の協調と対比など歌詞面でも目を見張る美しさに満ちています。あなたの観察にしたがって無限の味わいを引き出してください。なぜ主題が『金星』なのだろうと考えると、地球上で多様な種が命の営みを交差させるなか、ぽっかりと、それらの様子をだまって、何かを示すでも誘導するでもなくただただ見守って、なんならなによりも真っ先に生命種の夜(困難や使命、克服すべき課題、幸福に至る前の前兆、凪の象徴)を照らす大きな象徴・シンボルが「金星」なのだろうと解釈します。一番星として誰もが親しむそれ。社会生活のせせこましさに音をあげそうになったら(ならなくても)、見上げてみては。
青沼詩郎
『金星』を収録したくるりのアルバム『儚くも美しき12の変奏』(2026年2月11日)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『金星(くるりの曲)渡り鳥の円環【ピアノ弾き語り・寸評つき】』)