先の3月ごろ。中止になってしまった出演の機会がいくつかあった。

それらは地域の人を対象にした無料のイベントだった。親しみやすくフレンドリィな、それでいて知っている人が多そうな曲をやるといいだろうなと思って頭をひねって曲目を考えた。

こういう条件でやれる曲を考えるのは、意外と大変だ。そのときに予定している編成で演奏可能かどうかも考慮して決めないといけない。必要なら、編曲やアレンジも自分で用意することになる。

豊富な楽曲の引き出しがそれを助けてくれるけれど、不勉強な私はもともと引き出しが少ない。メモリも少ない。一度はこさえたことのある引き出しであっても、取っ手が欠落して「引き出せない」なんて引き出しもある。

つまり忘却で、「このへんにしまってあったんだけれど詳しく思い出せない」とか、「思い出せるけどふたたび埃を払って使えるように整備するのがおっくうだ」とか言い出す。実際にそうしゃべりながら歩いているわけじゃなく、心の中でつぶやいているだけだけれど。

それで(どれで?)思いついた曲が、『オー・シャンゼリゼ』だった。

『オー・シャンゼリゼ』の原曲『Waterloo Road』

あるテレビコマーシャルで、奇妙礼太郎が歌っているのが流れていたっけ。もうけっこう、ずいぶん前だけれど。あれはなんのCMだったか。そういう知識はネット上に全部置いてあるからここでは紹介しない。

奇妙礼太郎の歌は、鋭くも知的かつ本能的で、それでいて聴く者を巻き込んでハッピーになれるフレンドリーさがあった。短いCMで聴いただけだったけど、そんな印象を抱いたものだったなぁと思い出す。のちに聴いた彼のアルバムも良かったから、また改めて聴き込んで紹介したい。

『オー・シャンゼリゼ』は映画か何かの曲かなぁ〜と勝手に思っていた。

ちょっとWikipediaなんか見てみる。

そしたら、もとはイギリスのバンド、ジェイソン・クレストの『Waterloo Road』とのことだ。

Jason Crest『Waterloo Road』

Wikiにはジェイソン・クレストのことを指して「サイケデリックバンド」とある。

私には、なにをもって「サイケデリック」たるのかも実際よく分かっていない。

サイケデリックって何か

ドラッグによる幻覚作用がもたらす感覚に通ずるものに由来するとかで、私は薬物の経験がないのでわからないなぁなんて思う。(あってもここで告白しないかもしれない)

また、そういった、「薬物による効果に端を発する創作から影響を受けた、かなり広義な範囲の作風を指すことば」にもなっているようだ。あのThe BeatlesやJimi Hendrixも「サイケ」の文脈で語られることがある。ハードロックやプログレのルーツのひとつとみなす向きもある。

そんな広さだと、60〜70年代に活躍したミュージシャンたちの偉業のほとんどが、「サイケ」との関わりを否定できないんじゃないかとさえ思う。

サウンド的には、録音技術の進歩だとか、機材の進歩(たとえばギターのエフェクトだとか)によって可能になったさまざまな表現が特徴のひとつで、これもやっぱり絞れない。「おお! この、リバーブやディレイのじゃぶじゃぶなウェット感こそがサイケか?!」なんて思えば、一方、ドライで耳に張り付く、背筋に低周波を流し込まれたようなサイケもある。

たとえば激しく潰れるように歪んだエレキギターサウンドだとか、今ではもはや定番になっているサウンドのほとんどが「サイケ」の文脈から生まれている、といっちゃえばそうなんじゃないか。それくらい、私は「サイケ」を日常的に摂取していることになる。これではもはや、ヤク中と区別がつかん。

それが仮に違法なもので、道理を外れたものや非人道的なものだったとして、それに自分が直接関わっていなくても、二次、三次とコンプレッションを経て、副次的に自分も加担していたり関わっていたりするなんてことは多い。

ジョー・ダッサン『Les Champs-Élysées』

話を戻そう。

ジェイソン・クレストの曲『Waterloo Road』(1968)は、フランスに伝わって、イギリスの「ウォータルー街」は、「シャンゼリゼ」に置き換えられる。歌詞をピエール・ドラノエがつけて、ジョー・ダッサンが歌った。『Les Champs-Élysées』(1969)だ。

以来、たとえば私のような「モノ知らず」には「もともとシャンソンかな〜」なんて認知(誤認?)されて、ワールドポップスとして今なお広まり続ける有名な曲になった。

Joe Dassin『Les Champs-Élysées』

曲の構造のうんちく

曲の音楽的なことで紹介したい点は、以下。
・順次下降する低音、コード進行
・3連符とタイ

順次下降する低音、コード進行

【順次下降する低音の模倣例】
|ⅰ—ⅶ|ⅵ—ⅴ|ⅳ—ⅲ|ⅱ—ⅴ|

(in C:|ド—シ|ラ—ソ|ファ—ミ|レ—ソ|)

【コード進行の模倣例】
|Ⅰ—ⅥのⅤ|Ⅵ—ⅣのⅤ|Ⅳ—Ⅰ|ⅤのⅤ—Ⅴ|

(in C:|C—E7onB|Am—C7onG|F—ConE|D7—G|)

この、ぐるぐる巡る進行がクセになる。延々と演奏していたくなる。その調の固有音外の響きや、低音に根音以外を配置する転回形の響きが、色彩をぐるぐるとかき混ぜる(そうか、これがサイケ?!)。刻々と、音の様相が変化するのが楽しい。

それでいて、低音は順次進行を基にしているから、安心したまま、歩みがどんどん進んで行く感じがする。

メロディの3連符とタイ

「ミソミ〜(in C)」という歌い出し。1拍目を3分割し、それが2拍目のアタマに結ばれる。この音形を繰り返す。印象的なリフレインだ。もう、刷り込まれた(よね)。

『オー・シャンゼリゼ』歌い出しモチーフ模倣例

コーラスは「ミ〜レドレド〜(in C)」。順次進行を基にした歌いやすい前半の4小節と、ヴァースの音形が帰ってくる後半4小節が対比になっている。このフレンドリーさとメリハリが、この曲をみんなで歌えるポップアンセム(そんな言葉あるんだろうか)にしている。

音域も、すごくあらゆる人にやさしい。なんと、in Cで「ラ〜ソ」である。1オクターブが出せなくても歌える名曲だ。他の曲も調べていくと、意外と「音域の狭い名曲」は見つかるかもしれない。童謡や唱歌には特に多そうだ。

短7度におさまる音域

歌詞

おのおの鑑賞して味わってみてほしい。和訳のバージョンもいろいろだ。おおむね、「出会い」とその「こころの動き」、その舞台である「ストリート」「街」をシンプルに描いているのではないか。このシンプルさが、曲を有名にした一因なのかもしれない。いや、むしろそれによって、メロディやコードの魅力を邪魔しなかった…と、あえてひねくれた見方をしてみるのも良い。この曲があまりも有名だからだ(最近よく言う、私の口癖)。

むすびに

音の時間による変化。その混沌とした様子。そういうものが、「サイケ」なんでしょうかね。

いっぽうで、たとえば『オー・シャンゼリゼ』の低音の順次進行みたいに、間隔に規則や安定を感じさせるもの、つまり「定則」や「定速」といった要素が、その上層に構築される「混沌」や「変化」を支えてくれます。

この安定と「破壊・創造」の対比が、「サイケ」なのかな。

親しみやすいポップスとしての椅子を獲得している名曲『オー・シャンゼリゼ』だけど、そこから意外にも「サイケデリック」の本質に少しだけ触れられたような気がします。

青沼詩郎

カバー