あるが場所にあるうなずき

自分の生活を顧みて、良くしたいと思います。昨日までの行いとくらべて、できる範囲でちょっと変えて今日を過ごしてみる。なんなら世界中のあちこちの扉を開けて回って、鼻先を突き出しその空気を吸ってみる。そのどれもがあなたを歓迎し、それで良いと言ってくれたら、明日も生きようと思う人がすべてになるんじゃないかと想像します。

あなたがあなたの人生とまっすぐに向き合い、真剣に考えて行動したこと、感情の趣を尊重して風に舞う羽根のように行動したこともみんな、それでいいと迎えてくれたなら……世界のいずれも、あるがままでいいとうなずいてくれたなら、なんて懐の深い世界なのだろう。

The Beatles Let It Beを聴く

作詞・作曲:Lennon-McCartney(John Lennon、Paul McCartney)。The Beatlesのシングル、アルバム『Let It Be』(1970)に収録。

「Let It Beって曲知ってます?」って聞かれたら「は?知ってますけど?」とでも答えそうなくらい、当たり前のように認知している曲。あらためて、スピーカーの前に座る、ヘッドホンをあたまに装着するなどして、この音楽を聴くためだけの無の4分ちょっとを捻出し、この音楽を聴くためだけの4分ちょっとに身を捧げると、万感が湧くような、自分を通り抜けて行くような気分になります。

すごくヘンで、曲の経過にあわせてどんどんおや?というサウンド的な事件が起こっていきます。でも、楽曲のパーツ(部分、構成する部品)自体はやっぱりシンプルで、ヴァースがあって、コーラスがある。ほんとうにそれくらいです。あとはソロがあるくらい。ソロに入る前のちょっとしたキメがあるくらい。そのキメとおんなじパターンがエンディングに入って、フェイドアウトせずにちゃんと終止するくらい。それくらいの“あるがまま”が、私の万感のもとであり、通り抜けていく異邦人であるのです。

“Let it be”をひんぱんに反芻する歌詞もまたシンプル。世界の扉をちょっとずつあけては、「それでいいよ」「あなたはそれでいい。それがいいよ」という言葉があって、あとは全部自分の部屋の中で起きている。主人公はずっと自分の部屋にいるまま、曲の全てが起きているかのようなシンプルさがあります。誰しも、自分という「部屋」の一生のオーナーであり、蔵が変わった気分になるようなことがあってもそれはやっぱり幻であるのみ。あなたはあなたであり、一生“Let it be”、あるがままなのです。

ピアノのみのシンプルなイントロ。16分でちょっと経過的に引っ掛けるみたいなベースを表現するなど、四分打ちのシンプルなストロークを基本に気の利いたプレイは達者な人の最高に気の利いた演奏です。このピアノはジョージ・マーティンとかなのかなと一瞬思いましたが普通にポールですね。最高のあるがままです。

ドラムがまたヘンなんだこれ。ヴァースによって、フィルインを壊れたレコードが一定範囲を繰り返すみたいに、え?って思うようなラウドなショットを繰り返したりするのにこの神妙で最も有名なメロディとちゃんとステレオの器に同居しています。きついミュートの特徴的なサウンドがそれを実現させるのでしょうか(かと思えばきれの長いディレイのハイハットが轟く……サウンドの演出にも余念なし)。リンゴ・スターのドラムスは本当に独特です。こうであるから、バンドを組む甲斐がある。ドラムとはこういうもの、というのがあるんだったらスタジオミュージシャンを雇えばいい。究極、楽器の音色も声も、すべてその人が発する音はすべてその人自身です。あるがままよ。

コーラスごとに、左右からバーンと降臨するみたいな派手派手な音はオルガンのバリエーションでしょうか。エレキギターの音をバーンと鳴らしたような感じにも思うのは、オルガンがヒューっと脇役を演出するみたいなトーンや教会っぽい厳かな音を鳴らしたりもするからそっちとの違いでエレキギターの音みたいに感じるのか?なんて思いつつ実際エレキの音も入っているし金管楽器も入っているし……この音の加算への余念のなさはフィル・スペクターのサウンドといわれて納得のいくところです。無駄のないきっちりサイズでぱっとヴァースとコーラスが入れ替わるように進行するなどメリハリが効いています。そう、コーラスをその場でただちに繰り返したり、最低限の尺でパっと次に行ったり、「ヴァースとコーラス」のシンプルな基本単位であるにもかかわらずこんなにも豊かに感じる細かい工夫・意匠が効いているのもこの世界的名歌の特徴かもしれません。チキチキと高らかにマラカスが歌い出しもします。どうみても脇役なのが普段のマラカスという小物楽器ですが、楽曲“Let It Be”における瞬間的な扱いの大きさはもはや主役なのじゃないかと思える堂々ぶりです。良かったね、君(マラカス)もあるがままで良いのだ。当然かつ最高です。

パスト・マスターズに収録のLet It Beを聴く

本当に全くちがいますね。あちらがフィル・スペクター版、こちらのほうがいわゆるジョージ・マーティン版のようなものらしいです(シングル・ヴァージョンだそう)。モチーフをひとつひとつ適所で適切に扱い、紳士にスマートに構築した印象です。序盤でコーラスが左から右に向かって定位が抜けていく演出が特に印象的でした。歌の印象、その内容までまるで違うものに感じるほどです。

と、先項で扱ったほうの音源も2009リマスターバージョンですし、ビートルズの発表曲は時代時代を経て何かしらの更新を加えられてきているのも事実で、私はそうした変化を察知して今日この場で味わう高い感動に至っているのかもしれません。ずっと知っていた曲なのに改めて聴くにこれほど感動するのはいよいよ私も歳をとってもろもろのものが崩壊してきているのかなとも思いますが、あながちそれだけじゃない、ビートルズの音源も、既発表でバンドのオリジナルメンバーも他界している人がいるにも関わらず「育って」(変わって)いっているところもあるのかもしれません。

もちろん、私が家庭用のテレビのシャカシャカしたスピーカーや、高校生の頃つかっていた安いイヤフォン、あるいは現在の持ち歩き用の小さいイヤフォンで、電車の中とか移動中とか騒がしい環境でしか聴いて・触れてこなかったけど大人になってから導入した家のスピーカーやヘッドフォンで静かな環境で最近やっとまともに聴いた、といった環境的な違いで「変わらない音源」も違って聴こえうるのもまた明らかでしょう。

またちょっと時間をおいて聴きたいですし、来世でも聴いていたいです。

青沼詩郎

歌詞の参考 世界の民謡・童謡>レット・イット・ビー Let It Be 歌詞の意味・和訳 ポール・マッカートニーの亡き母メアリーが夢枕に現れ残した言葉 淡々と連なるシンプルで深いことばの翻訳の例がしんしんと胸にしみ、刺さります。ロック名歌も童謡も民謡も幅広く扱う楽しいサイトです。

参考Wikipedia>レット・イット・ビー

The Beatles UNIVERSAL MUSIC JAPANサイト

The Beatlesのアルバム『Let It Be』(1970)

The Beatles『Past Masters』(1988)

『ビートルズを聴こう – 公式録音全213曲完全ガイド』(中央公論新社、2015年、著:里中哲彦・遠山修司)。ポールの母親がポールときょうだいのけんかをおさめるのにつかった言葉が“Let it be”という表現だという逸話。ポールの父親がいったという“Put it there”というけんか仲裁表現もポールのソロ曲『Put It There』(『Flowers In the Dirt』収録、1989年)になっているという雑学が話されているなど、楽曲の源つまりインスピレーションのソースはいつもソングライターの人生の実際にあるんだなと思わせます。ふたりの著者が軽い会話を交わすのに読者も参加するような気持ちで、気負わずリスニングの共にできるビートルズ本です。

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『Let it Be(The Beatlesの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)