あえて味わい残す楽しみ

私は森博嗣さんという作家の作品のファンです。あと、羽海野チカさんの漫画『3月のライオン』のファンでもあります。『3月のライオン』には気づくと読みながら泣かされています。感性が絵とコトバで直情的にぶつかってくるエグいレベルに素晴らしい作品です。将棋をさす主人公の物語ですが、将棋がどうとかどうでもいいくらいに人の感性と成長の物語です。もちろん将棋の世界についても克明に豊かな表現で誠実に描いていますし、棋士の先崎学さんの監修を受け彼のコラムが単行本に挿入されておりリアルの世界における将棋と『3月のライオン』の境界を含めて楽しむことができるようになっています。

名前を挙げておきながら森博嗣さんがほったらかしになってしまいました。羽海野チカさんと森博嗣さんは親交があるそうです。

森博嗣さんが、100作品くらいのミステリー小説を挙げて紹介する本があります。そのなかで、ある作家について、その作家なり作品を評価したうえで、「全作品読み尽くしてしまうことなく、残している」といった向きの文を書いていた(全然細部は違うと思いますが)と曖昧に記憶しています。

その感覚わかるなぁと。私も、すごい作品を発表しているミュージシャンについて、その作品とそのミュージシャンを高く評価しつつも、一気にすべての作歴を網羅するようにチェックし尽くすのをあえて怠ることがよくあります。いつどれを聴いてもきっと良いので、あえて残しておこうと思うのです。

まさに、スピッツがその筆頭なのです。私のなかでほかに近い存在を挙げると奥田民生さん、斉藤和義さん、ウルフルズなんかもその意味では似た存在感を覚える向きがあって、きっとどれを聴いても気に入るだろうし急ぐことない、気が向いたときに気が向いたものを聴こうという態度でいるのが私です。

先日『僕のギター』というスピッツの楽曲を味わう記事をこのブログで書きましたが、きょうは『魔法のコトバ』です。シングル曲で、その存在とかサビは知っていました。『僕のギター』と同じアルバムに収録されています。

ちなみにスピッツ『魔法のコトバ』は羽海野チカさんの漫画『ハチミツとクローバー』を原作とする実写映画の主題歌になっており、書き下ろしだそうです。

魔法のコトバ スピッツ 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:草野正宗、編曲:スピッツ・亀田誠治。スピッツのシングル(2006)、アルバム『さざなみCD』(2007)に収録。

スピッツ 魔法のコトバを聴く

ハイ傑作……で句読点してもう筆を折りたくなりますし誰も困らないと思いますがどうせどっちでも誰も困らないなら書きましょう。

イントロのピアノを古ぼけさせたみたいなモチーフが良いですね。イントロとエンディング、そしてサビにはまっています。この恒常的でミニマルなモチーフの繰り返しが、人生を思わせます。ドラマティックなことばかりが起こる人生とも限らないけど、みんな日々、地道に何かを続けてがんばって働いたり仕事したり情熱を注いだりして生きている。平穏で変化のすくないモチーフの繰り返しが、かえって人生の豊かさを思わせるのです。

バンドのサウンドにストリングスがフィーチャーされています。うるわしい揺らぎ。爽やかな風。スタジオミュージシャンがビブラートをかけて、複数の人数で鳴らす集合音。この圧倒的に壮麗で強いのに、寄り添うようで優しく爽やかなサウンド。バンドのオリジナルメンバー四人だけが生身で鳴らすサウンドのみで数多の傑作を送り出しているスピッツですが、映画主題歌として大衆、そして物語に寄せた編成・意匠に愛情を覚えます。共同編曲名義の亀田誠治さんによるストリングス編曲です。

右にはエイトのブリッジミュートで支えるリズムギター。左からは圧倒的にクリアで輪郭のトーンのギターがオブリガード的に幕のような音の織物を垂らします。アコギのストラミングも耳福。

元気でよく動くベース、抜ける多様なピッチのタムづかいや構成にあわせて変化するドラミングもいかにもなスピッツ印。

間奏に入る前に、ロイ・オービソンの『Oh, Pretty Woman』を思わせるリフが入るところ、遊び心を感じます。人生にまじる娯楽。あるいは、人生そのものがエンターテイメントなんだとリスナーの背中に手を添えながら遊びに誘う茶目っ気です。

突入する間奏のギターソロは12弦トーンで、スピッツの言わずと知れた傑作『空も飛べるはず』でも聴いたトーンを思い出させます。

“花は美しく トゲも美しく 根っこも美しいはずさ”(『魔法のコトバ』より、作詞:草野正宗)

ちょっと大サビみたいなのが入るところが気が利いています。シンプルなボーカルメロディと反復の効いた歌詞で尺としてもコンパクトですが、副次調の和音づかいで音楽的に転じる演出で、これが入るだけで1曲のボリューム、幅が確かな長編映画の様相になります。

見えているところ(花)は美しくて、それ以外の隠れている部分だったり、花が咲くのに至るまでの時期に主力となる機関は、どろくさくてお世辞にもキレイだなんていえるもんじゃない……そういう人生の現実を思いもするのですが、実は表層の華(花)を支えたり生産したり守ったり保ったりする労力やその姿自体が、恥じらう必要も隠す必要もない人間美の主体なんだと端的に刻む名句です。「トゲ」は非常にスピッツ的といいますか、メンバーの奏でる音や声それぞれにいかにもな「スピッツ印」が存在するように、コトバのモチーフ、歌詞に導き入れる語句や単語ひとつひとつにもそうした「お印」を感じます。メロやサビの歌詞は具体的な「小物」のモチーフが少なく、観念的な表現で占められていますので大サビでちょっと「トゲ」なんかが出てくるとまたチクっと気が利いているなと思います。草野正宗さん作詞作曲によるPUFFYへの提供曲『愛のしるし』の“ヤワなハートがしびれる ここちよい針のシゲキ”を思い出します。

スピッツによる『愛のしるし』がまた良い。間奏のモチーフの反復が特に好きです。

青沼詩郎

参考Wikipedia>魔法のコトバ

参考歌詞サイト 歌ネット>魔法のコトバ

Spitz 公式サイトへのリンク

『魔法のコトバ』を収録したスピッツのアルバム『さざなみCD』(2007)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『魔法のコトバ(スピッツの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)