外れ者の唄 佐良直美『のんびりやるさ』歌詞
“頭一つだけ 遅れた気もするが それが何になる のんびりやるさ あばよみんな 都会は投げたよ 後は勝手に あくせくやってくれ バカな奴だよと 笑ってくれていい それが何になる のんびりやるさ”(『のんびりやるさ』より、作詞:阿久悠)
弱気になるのはどんな時でしょう。体調が悪いときでしょうか。体と心が別であると強調するかのような表現を「言葉のあや」でつい口にしてしまうことがありますが、実際は心もアタマも一緒。全部が体ですし、体はすなわち心です。体調が悪いと、すべてが滞ってしまう。思い描いていた未来にこんな不測の事態はなかったのにと嘆き、少しでもこの体調不良と関係のありそうな出来事や事象、己の行動はありはしないかと血眼になって自省をする……くらいの元気があればまだいい方で……というかその体調不良は去勢に毛が生えた程度のものであり、本当にどうしようもなく体調の悪いときは寝込むしかないものです。
流行を取り入れず、見守ってから、その価値をじゅうぶんに感じた時に、その流行ないし流行の中心にある事物を自分に取り入れ、フィッティングを試みる私がいます。反応が遅いのです。私の自衛手段であるから嘆く必要もないかもしれませんが、一番乗りするリスクを受け入れることで一番乗りするリターンを手にする人もいるわけで、逐一私はそういうリターンを見送って、損切りの安全をとっているのかもしれません。
流行り物を素早く取り入れることで得られるリターンの蜜の味にくらべれば、そこに生じるリスクなど気にするのは馬鹿げている!という猛者も世にはいるのでしょう。私はどうしてもそうなれない。アタマひとつ遅れる……どころか、もはやレースと違う方を向いて会場を離れてどこかへ行ってしまうことを志す外れ者なのです。
そんな人間に、佐良直美さんの歌った『のんびりやるさ』は響くものがあります。
佐良直美『のんびりやるさ』を聴く
素朴なのですが、包容力がすごいサウンドです。右にシャクシャクと絢爛なアコギのストローク。左で猛烈にオブリガードをかます闊達なアコギ。リードをとるときは中央に移動したりと丁寧な定位づけのデザインを感じます。エレキギターが2・4拍目をチャクッと短くキレ良く強調。
佐良直美さんの絹のように息を半分捨てながら伸ばすみたいな優しい歌唱が儚い。サビの張った声もまた圧巻です。哀愁漂う背中の感情のたぎる部分とぽつりと嘆くような平静さの振れ幅が見事です。
ベーシック隊がファンキーで熱い。この楽曲を素朴だと評した言葉を取り消したくなる雄弁なプレイ。16の分割で細かくキックやベースのストロークが入ります。キックはキレよく短くドツドツと。ベースはブンブンと、しかしかるみがあって、いつでもどこへでも引っ越せそうな身軽さを感じます。
左のほうにしばしエレクトリック・ピアノがコロコロと合いの手し、右のほうにフォゥ〜ンとやわらかなビブラフォンがいますか。
ストリングスは高音域が真ん中〜左、低音域が真ん中〜右あたりに感じる気がします。トランペットも入っておりしゃしゃりませんがメロに入る直前などを印象付けるおおらかなモチーフを描き込みます。
サビのタンバリンがチャキチャキと。右のアコギのストロークが非常に絢爛なのでそのアコギのアタックと渾然一体となりながら花を散らすよう。
ボーカルのダブリングやバックグラウンドで華やかさを出すのも編曲の定番の一法ですが、『のんびりやるさ』では終始、たった一本の佐良さんの歌唱トラックで貫徹しているようです。よく聴くと実は非常に豊かで意匠の高い編曲ですが、寂しいけど前向きに自分の現状・未来を嘆いた素朴な哀愁がこの楽曲の「顔」として通っているのは、このたった一本の逃げもかくれもしないボーカルトラックのありのままの身長が成す芸当かもしれません。
むすびに
ちょっと自分が弱っているときに聴いたら沁みてしまいました。佐良直美さんは『世界は二人のために』で有名な人だと思います。近年においても“エヴァ”で挿入歌になって注目が高まった記憶があります。作編曲の川口真さんは、私の記憶で印象強いのは『ドリフのピンポンパン』の編曲。あちらもファンキーでグルーヴィな熱いバンドのベーシックの印象です。アン・ルイスさんへの作曲の提供も多い。作詞の阿久悠さんは多作で特定の曲推しというよりは「存在推し」の私です。佐良さんの『のんびりやるさ』の哀愁感に寄せていうなら、河島英五さんの『時代おくれ』の孤独感が思い出されます。西武ライオンズの球団歌の『地平を駈ける獅子を見た』も阿久悠さんの作詞ですね。あちらは孤独だ哀愁だといわず、時代の流れに胸をはって挑んでいる感じがします。そうした、「楽曲そのもののキャラ」を書き分けるのがうまい阿久悠さんの作詞にあらためて感嘆します。
青沼詩郎
『のんびりやるさ』を収録した『ゴールデン☆ベスト 忘れ得ぬ名唱・佐良直美』(2007)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『のんびりやるさ(佐良直美の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)