私の中の折坂悠太像のめばえ

恵比寿リキッドルームで

はじめて私が折坂悠太を知ったのは、元andymoriのメンバー3人と長澤知之が組んだバンド「AL」のライブ会場でだった。ALと関わりの深いレーベル「Sparkling Records」の立ち上げライブだと聞き駆けつけたのだったと記憶している。会場は恵比寿リキッドルームだった。そのときの共演だったシンガーソングライターの谷口貴洋が素晴らしくて感激したのを覚えている。

その日に、ゲストという形でステージに上がって数曲を弾き語りしたり、ALのボーカルの小山田壮平やバンドと演奏を共にしたりしていたのが折坂悠太だった。それが、私にとっての、初めての折坂悠太に関する記憶だった。

そのときに『ダイバー』と『きゅびずむ』という曲を彼が披露したと記憶している。私の記憶違いじゃないか不安だが、覚えてる限り、確かそうだ。

サブスクでふたたび出会う

それからだいぶ経って、私が加入している音楽サブスクサービスのApple Musicの画面に、折坂悠太の新譜らしきものが自動的にリコメンドされて出た。『平成』というアルバムだった。

うわぁ、あのときのリキッドルームの折坂悠太だ! と私は思った。大きい存在になられたのだと心が震えた。いや、もちろん、「あのとき」の時点ですでに、音楽界にとって重要な存在だったのかもしれない。私は折坂悠太のアルバム『平成』を聴いてみたし、ほかの作品もいくつか巡った。その中に、『きゅびずむ』があった。「あ、この曲、覚えている」と思った。

それ以前に私が持っている折坂悠太に関する記憶は、あのときの恵比寿リキッドルームでのことのみだ。(だからなおさら、「あのときのリキッドルーム」で『きゅびずむ』を演っていたというのは、私の記憶違いじゃないはずだ。)

とにかく、記憶に残る曲。引っかかりの強い、個性的で印象的な曲。それが『きゅびずむ』だ。

『きゅびずむ』

この曲は、5曲入った『あけぼの』(2014)に収録されている。その、5曲目が『きゅびずむ』。

軽快なギターが印象的。左右から聴こえる。左がアコギで、右がエレキか。左のアコギが、ベースとリズムの役割を果たしている。右のエレキは特に明瞭で美しい。スライドやハンマリングを織り交ぜた流麗なプレイが巧い。ブラシでプレイしたような軽めのサウンドのドラムスが、リズムの中心にいる。

和楽器か民族楽器か、チンチンカランカランと鳴る打楽器小物が彩る。チンドン屋や和太鼓奏者たちのパフォーマンスに使われることもありそうな音の、あれ。あの楽器、なんていうんだろう。はっぴいえんどの『風街ろまん』に収録されている『はいからはくち』の冒頭でも聴ける、あの楽器の音ともそっくりだ。

話を戻す。

シンセサイザーも重奏のアクセントになっている。途中、2:30頃にミックス上の技術であろう大胆なサウンドの演出もありアコースティックな態度を持つ『きゅびずむ』をより一層珍奇・怪異めいたものたらしめる。きゅびずんでるなぁ。

編成をざっくりまとめると、アコギ、エレキ、ドラムス、ボーカル、打楽器小物、シンセが主な役者か。ボーカルは随所でダブリング。ハーモニーパートも顔を見せる。複数の線で独創性を強めたアレンジが光る。

歌詞の“きゅびずんで”

何よりも私がこの曲のキャラクターだと思うのが、歌詞の“きゅびずんで”という表現だ。「キュビズム」という語がある。これを思い出す。私は実際の「キュビズム」について、まったく明るくない。「キュビズム」が美術の歴史における重要な道標だというのはうっすら知っている。

かつて、チェコのグラスだとか立体物を蒐集する作家が、その展示販売会場を訪れた私に親切に「キュビズム」について話して教えてくれたことがあった。話の内容は残念ながらほとんど覚えていない。語るその人の表情が魅力的で、身なりを含めておしゃれな人だなと感嘆したことばかりを覚えている。私が「キュビズム」について理解を築いたのには遠い、ただの思い出だ。

「キューブ」と聞けば、立方体であるとわかる。それに、ismがつく。「キュビズム」という語に対してイメージを持つことが私にも許される余地があるとすればそこだ。観察の対象を、認知するものを「立体たらしめようぜ」。そんな気概を勝手に読み取ってみる。「キュビズム」が真にどんなものかはここでは置いておこう。

とにかく、それを(かどうかは知らないが)「きゅびずむ」という日本語(ひらがな語?)で表現してしまったところが、折坂悠太の発明だしアイディアだ。「きゅびずむ」という音韻。「きゅびず」に、「む」をつけて形容動詞? のようなものとしての活用を見出した、新しい日本語。“きゅびずんで”という形で歌詞に登場。これに類似した活用は、「黒ずむ」「黒ずんで〜」とか言うときがそうだ。この使い方で、もとある語「キュビズム」とかけて、「きゅびず」+「む」。

これは私の解釈であって、折坂悠太がそう言ったのでも決してない。本人にそのつもりがあるのか知らない。どっちでもいい。私はいま、いちリスナーだ。好き勝手、自分の思うところを言っている。音楽は、味わい、楽しんだ者のものなのだ。もちろんアーティストのものでもあるけれど。

とにかく、“きゅびずむ”の発明に私は感激している。それに尽きるし、楽しみは尽きない。

むすびに

この発明・アイディアを忍ばせた……いや、大胆に掲げた。軽妙で、それでいてどこかおどろおどろしく、かつ哲学や郷愁の匂いをまとい、“君”やそれをとりまく情景を描いた、個性的な楽曲『きゅびずむ』に私は惹かれる。

折坂悠太のボーカルの発音は、どこか洋楽っぽさもあるが純日本的でもある。不思議な魅力ある唯一無二の歌声。洋楽っぽいのに純然たる日本語ということで思い起こすのは、ほかでもない(先ほどちらっと固有名詞を出した)バンド、はっぴいえんどだ。こんなところもつながる……いや、私は勝手に関連を見出す。必然だろうか。

実際に折坂悠太のフェイバリッドにはっぴいえんどがあるのかどうか知らない。でも、きっとあるだろう。唐突だが『きゅびずむ』中のギター・プレイやダブリングしたボーカルがせり上がる瞬間の響きにはNIRVANAの『Smells Like Teen Spirit』のボーカルとエレキギターのチョーク・アップが重なる瞬間の響きを思い出す。

折坂悠太や『きゅびずむ』と直接関係のない話を散らかしたが、複数の点を組み合わせることでものごとを立体たらしめることができる事実については頷いてくださる方もいるだろう。あるいはもっと上位の次元に食い込んだ様子をさして「きゅびずんだ!」とひらめいたように言ってみたい。

あなたの一日も、どうか「きゅびずむ」ように。

青沼詩郎

折坂悠太 うえぶ

『きゅびずむ』を収録した折坂悠太のミニアルバム『あけぼの』(2014)

折坂悠太『きゅびずむ』リンク(Apple Music)