まえがき 音楽好きのIさんのリンク
仕事で知り合ったIさんと最近、音楽の話をしました。Iさんがバンドをやっているのは前から知っていましたが、そのあたりの話をゆっくりする機会は最近までお預けだったのです。
彼がある音楽のリンクを送ってくれました。名前すら初めて見るバンドでした。一切の前情報はなし。偏見を排して鑑賞できた…かはともかく、ボタンを押せば音楽は鳴り出します。
Owls『Owls』 手触りと好センス
器楽、器械、クール、理知、そんな単語を連想する印象の出だし。いきなり変拍子をかました上、ボーカルが入ってきます。ちょっと気だるげで生ぬるい、うっすらとですが温度はあるのにクールさと同居して不思議なフィール。
音程やダイナミクス、張ったり抜いたりしゃがれさせたりする声の質感。こうしたラフさはすべて計算づくでしょうか。ときおり危うさもみせます。生々しいスリルを是とするセンスを感じます。
変拍子
変拍子には釘付けになりました。どんな規則性があるのか、夢中で数えました。その単位も、4分音符で計れるところもあれば、8分音符の解像度を要するところもあるような。奇数小節でまとまりを成しているところもあり、先を読まれることを遠ざけるかのようです。シンプルな編成の可能性にチャレンジしているようでもあります。
オルタネイティブとの遭遇
つかみどころのなさはその変則性によるものでしょうか。常に流動し、ボーカルやギターのメロディの明度は淡めです。決してはっきり聴こえないという意味ではなく、既存の語彙に頼らないがゆえに「私の知る言語(=ありがちなメロディ)」に聴こえないのかもしれません。歌詞ではなくメロディとして「未知のことば」を聴いている気分になります。ここに「器械っぽさ」を感じるのかもしれません。
メロディの覚えにくさの理由は何故か? コードチェンジの少なさがあるかもしれません。あるいは、調性を感じさせる要素を控えているのか。
私がひんぱんに触れるボーカル・ミュージカルの典型でいえば、メロディの「覚えやすさ」、「一緒に口ずさみたくなる気持ち」を助けるのはベース(コード進行)と歌メロディの関係の変化、その豊かさが握っています。あるいは、印象的な短いまとまりの繰り返し(リフレイン)がその役割を担うこともあるでしょう。そうした安易なリフレインは『Owls』では抑えられています。コード進行とメロディの関係の豊かさ、リフレインへの依存は同時に、音楽を「典型」に押し込め埋没させる諸刃の剣でもあります。
『Owls』はその観点で、私の最も聴き慣れているジャパニーズ・ポップスの語彙を大きく外れています。これは私の知るものでいえばなんでしょう?ジャズや現代音楽、ミニマル・ミュージックやラップの要素も感じます。オルタネイティブ・ロック? 時折見られる、激しく声を荒げる表現に私が思い出すバンドは……(安直かもしれませんが、)JET。『Are You Gonna Be My Girl』がApple社のコマーシャルに使われていて、カッコ良かった記憶があります。
普段わたしが多く摂取しがちな音楽の典型を外れた意匠はまるで未知との遭遇。刺激的な音楽体験です。
自律の共奏
『Owls』は、「歌(主役)」と「それ以外(伴奏、背景)」を対にした音楽「ホモフォニー」とは非なるものなのかもしれません。ボーカル、ギター、ドラムス、ベース。それぞれが影響・干渉しあいながらも、変化のある進行……フックがあって尺が長めの……私の雑な形容をお許しいただければ「ややこしめなリフレイン」を謳歌しているとでもいいますか、ときおり横(メンバー)をうかがいながらも、それぞれが自律の道を歩み、複数の主人公がいる劇を「バンド」でやっているかのようです。
もちろんそう感じさせるだけであって、きちんとシナリオも演出も構成も編集もある。アツくも見えるし、非常にクレバーです。混ざった絵具のマーブル模様。あるいは、メンバーの数だけグラデーションする独立した柱の林立を思わせます。
『Everyone Is My Friend』 錆を落とすサビ
つかみどころのなさや変則性、複雑で器械のような響きに対抗する感情の滲み……そのバランスに秀でているのは『Everyone Is My Friend』でしょうか。私にこびりついた「歌モノ好き」という錆を落とすのはこういう音楽かもしれません。この曲には声の抑揚、エレクトリック・ギターの歪みとクリーン(クランチ)の対比に「平歌とサビ」のような起伏を感じます。奇しくも、「錆」を落としてくれるのはオルタネイティブな「サビ」なのです。
むすびに
抱いた感想をIさんに伝えようと思ってこんな記事に。J-POP中心に摂取する習慣の私、趣味を広げるきっかけをいただきました。聴くほどに、音楽の多様さに魅了(誘惑)されます。
青沼詩郎
Owls『Owls』(2001)