大滝詠一氏の『ア・ロング・バケーション』が発売(1981年3月21日)して40周年に達しました(この記事の執筆時)。彼の構想の周囲にはすばらしいミュージシャン、すばらしい楽曲が房をなしているように感じます。今日はそんな中から、私が前から好きだった曲、山下達郎『パレード』。
リスニング・メモ
オープニング
絢爛なピアノソロの序奏。壮大な協奏曲のオープニングでオーケストラを突き破って出てくるソロ・ピアノのようでもありますし、コードや縦横のストロークにはジャズの雰囲気も感じます。
序奏でピアノと一緒にトライアングルも聴こえます。こんなに激しいトライアングルにお目にかかれるのも稀有です。トライアングルひとつがこれほど? と、心配になるほど激しくうなりあげます。トライアングル(山下達郎・大滝詠一・伊藤銀次の3人)の音楽のはじまりを表現しているのかもしれませんね。この曲はアルバム(『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』)の2曲目です。1曲目ではありませんが、序盤のうちといえばそう。
ベーシック
序奏を終えたピアノはなおも絢爛に響きます。1拍3連のストロークが優雅です。上から下へ向かう「タカタ」という音形を反復(Bメロか)、拍の頭で1小節に4回ストロークを置く、あるいはそれらにイレギュラーを与える、移勢させるなどと巧みです。
ドラムス、シャーンと鳴るシンバル。やや中高域に比重を感じます。タッ、カッ、と小気味よいです。エンディングでは自由と野趣を感じるフィルイン。1拍3連にキックを交互に混ぜるフレーズや1拍を6連に割った細かいストロークなどで魅せます。
ベースは1小節に4つストローク。適宜、ウラ拍にグルーヴを出す装飾的(でも重要)なストロークを引っ掛けてもいます。ブッ、ブッ、ブブッ、ブッ……といった具合です。短く音をミュートしているようです。緻密で絶妙な演奏。パレード(行進)が快活に動いていく様子を思います。
エレキギターはエッジの効いた軽快なクランチサウンドで2拍目と4拍目にストローク。ン、チャッ! ン、チャッ!という感じです。
ウワモノ
ビブラフォンがふぉ〜んと余韻します。硬すぎず柔らかすぎず、コンコンいう質感のマレットのアタック音と相まって気持ちが良いです。リズムと和声の両方を支えます。ベーシック隊にカウントしてもいいくらいに思えますし、サウンドの魅力の比重をたくさん持っています。
グロッケンがチラリキラリと華を添えます。間奏では左寄りに振られたビブラフォンと右に定位したグロッケンがコールアンドレスポンスするかのように交互にフレージング。コンビネーションする兄弟のようです。
バックグラウンドボーカルがサビで爽やかな和声を添えます。Wooと口をすぼめた響き、Ahhと開いた響き、♪パレードが行くよ、と歌詞でメインボーカルを追いかけるフレーズと、変化のある演出です。
管楽器はトランペットとサクソフォンとフルートでしょうか。歌が引っ込むところやサビでは保続するトーンで和声を描き込みます。メインボーカルが動いたあとや、エンディングでは右のコーラスが動いたあとを追うように左で管楽器が動くなど、視線(耳線?)をうまくあちらこちらへ誘導して魅せる編曲が妙です。
定位ごとの音のまとまりは左に管楽器とビブラフォン、右に女声コーラス+グロッケン、センターにメインボーカル・ドラムス・ベース・ギターといった房を感じます。エンディングでセンターのボーカルが静かになると、まるで右と左とセンターでそれぞれ違うことが同時進行しているような感覚になります。非常にセパレーションのよい音像です。これがライブステージ上だったら余裕を持って距離を取ったセッティングといった感じ。曲の情景としては、お祭りの式次第がひととおり終わったあとのストリートで、あちらこちらで人々がそれぞれに盛り上がったり好きなことをして楽しんでいたりする夜を想像します。
ボーカル
平歌の歌い出しからいきなりEから上のEへの1オクターブ跳躍。かとおもえば、短2度でもじもじと揺さぶって戻す節回し。シンプルながらも起伏の豊かな美しい歌メロディです。山下達郎氏の伸びやかでアクロバティックで自由な歌声、広い声域は今更私がいうまでもなくご承知の方が多いでしょう。
歌詞は日本語ですが、子音と母音をメカニカルに組み合わせたような発音は洋楽の様な響きを持っており、彼の歌唱のアイデンティティ、個性の一つかもしれません。
曲はAメージャーキーで、E〜1オクターブ上のF♯までの長9度が歌メロの主要な音域ですが、エンディングのフェイク(即興的な節回し)でハイBまで出てきます。そこを含めると本曲で用いている声域はEから1オクターブ+完全5度です。ポジションが高いですね。地声……といっていいかわかりませんが、ハリとツヤのあるパワーボイスでどこまでも突き抜けてくれます。これが氏の不朽のサウンドの中核。爽快です。
エンディング
序奏に曲本編とやや違う部分がつきました。4:40頃〜のエンディングにも曲本編とやや性格を異にするトラックがつきます。これはなんでしょうね、セッション中の音でしょうか。意味深です。パレード明けの、演者も客も混じりあった明け方の様子を想像。祭りのあと、あるいは別次元の引用といった感じです。色々なメッセージを想像させる編集です。
よく聴くと『パレード』のメロディを、平行4度?を用いたエスニックで虚ろな響きでギターが奏でています。ドラムスはドッ、ドドッ、とサンバビート。ベースと上声があえて協調を放棄している感じもします。フリー・ジャズのよう? 狂ったようにピアノが現代音楽のような響きを描き入れていますね。不協和音がうなり、立ち上がるようなフワァ〜とした音も聴こえます。ピアノの弦をサスティンペダルを踏んで解放させて他の楽器と共鳴させた音なのか? あるいはビブラフォンでしょうか、ちょっと金属的な感じもします。子どもの声のような鳥の声のようなものも聴こえる気がします。残響づけのせいでしょうか、カクテルされて夢の中にいるようです。
曲や演奏者の概要
作詩・作曲・編曲:山下達郎。山下達郎・伊藤銀次・大滝詠一の3人によるナイアガラ・トライアングルのアルバム『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』(1976)に収録されています。シュガー・ベイブのシングル曲にと作曲したそうですが、「シングル向きでない」という大滝氏の?意向もあってか、本作で初めてデモ音源を卒業できたようです。
ドラムスが上原裕、ベースが寺尾次郎。ふたりは山下達郎とともにシュガー・ベイブのメンバー。山下達郎がボーカルとギターとグロッケン、それからバックグラウンドボーカルを演奏しています。バックグラウンドボーカルの女声は吉田美奈子。 絢爛なピアノと、ベーシックにカウントしても良さそうな妙演のビブラフォンは坂本龍一。 木管・金管楽器は稲垣 Section。稲垣次郎氏が組織した人たちのことでしょう。
歌詞、感想ほか
“ごらん!! パレードが行くよ” “カーニバルのパレードが”(『パレード』より、作詩・作曲:山下達郎)
サビの歌詞はシンプルですが、主題をぴったりのスケールで表現しています。
“まどろむ様なピンクの明りは 浮かれ騒ぎにとってもお似合い 通りにあふれる虹のかけらを あなたに一つ僕にも一つ”(『パレード』より、作詩・作曲:山下達郎)
Aメロ。抽象度のある言葉のタッチで主題の「パレード」の情景を表現しています。
ですが主な登場人物はあなたと僕です。パレードは大勢でやって、大勢で楽しむものなのですが、ここでそれはあくまで背景なのです。“ごらん!! パレードが行くよ”と、僕があなたに無邪気に声をかけながらパレードの方を指差している。傍には、あなた。そんな情景を想像します。大勢がシーンには存在するのですが、この歌の中ではふたりぼっち。にぎやかではなやかなのに、どこかさびしくて、孤独でもあります。僕とあなたが一緒にいようとも、それはどこか虚で儚く、だから幸せを感じられるのかもしれません。矛盾を渾然一体にして身に宿すのが人間。……失礼、話が飛躍しました。
恋だの愛だのいう単語を使わずに、とろけるようなロマンを描いているのです。洗練されたクールな感性を覚えます。氏の洋楽への愛や研究のたまものでしょうかね。
CD投げ込みの歌詞カードに「Dedicated to」:(〜に捧げるといった意味かと)としてJerry Ross、Jim Wisner、Joe Renzetti、Keithの名前が記されおり、実際に山下達郎からミュージシャンたちへの敬意が曲の背景にあるのがうかがえます。Keithはキース・ジャレットで間違いないでしょうか。『ケルン・コンサート』、私も好んで聴きました。ほか、まだまだ知見が浅い私。山下達郎を港に、これからもっと手繰り寄せて古今東西の音楽を聴くことにします。
青沼詩郎
『パレード』を収録したナイアガラ・トライアングル(山下達郎・伊藤銀次・大滝詠一)のアルバム『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』(1976)
ご笑覧ください 拙演